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第12話

昼間のトラブルは、千夏と協力して1時間ほどで解決できた。夕方6時、定時を伝えるチャイムがオフィスに鳴り響いてから15分後、邦孝はタイムカードで打刻し、会社を出た。 今夜は晩飯を作る気分ではなかったので、自宅の最寄りである駒込駅近くの定食屋で食事を済ませ、帰宅した。当然のように、麻琴は帰っていなかった。今夜もおそらく、残業だろう。 今朝、「今夜はなるべく早よ帰る」と言っていた。それを信じて、寝ずに彼の帰宅を待つことにした。明日は土曜日だ。多少の夜更かしに朝寝坊は問題ない。シャワーと歯磨きを済ませたのち、リビングのソファーでくつろぎながら、テレビを見始めた。 ……麻琴とゆっくり時間をとって話し合うなんて、いつぶりだろう。もう、遠く昔のことのように思える。 だからだろうか、少し気おくれしていた。緊張し、怖いとすら思う。安定感があり、自分のすべてを受け容れてくれる彼を、だ。そう感じてしまう自分が嫌で、落ち着こうと何度か深呼吸したが、効果はなく、深いため息が出た。 ――とっくの昔に別れていても、不思議ではなかったのかも知れない。 かつての多忙な日々や、罹患でそれどころではなかったが、もし時間と気力があれば、麻琴と関係を切り、女に乗り換えていたのだろうか。……きっぱりと否定できれば良いのだろうが、正直、よく分からなかった。 麻琴との間を、濃い霧が立ち塞いでいる。今朝の宣言にしろ、彼が何を考えているのか分からないのは、そのせいだ。 そんな中で彼の口から真意が語られた際、自分は何を思うのか。それを聞いて、自分はどうするのか。……怖くて、しょうがない。 夜の9時を過ぎた。麻琴が帰ってくる気配はない。バラエティ番組が始まったが、邦孝は表情を変えることなくぼうっと見流す。番組が終わり、壁時計が10時を指しても、玄関から音はしなかった。 気がつけば10時半を回っていた。テレビをつけたまま、うつらうつらとしていた。喉が渇いたので牛乳を温め、蜂蜜を入れて飲み始めた。 マグカップを洗い終え、リビングへ戻ると、まもなく11時になろうとしていた。液晶テレビのなかで、売り出し中のアイドルたちが、ゲストの若手女優と趣味の話題でわいわい盛り上がっている。 麻琴が帰ってこない。2時間ほど前にスマートフォンにメールを送ったが、その返信はなく、今しがた電話もかけてみたが出なかった。ため息をついて、テレビに視線をやる。そうしているうちにまた浅い眠りに引き込まれ、はっと目が覚めた時には日付が変わっていた。 後30分ほどで、彼の勤務先の最寄である東京駅から終電がなくなる。それまでに帰ってくるのだろうか。スマートフォンに連絡はない。電話をしても機械的なアナウンス音が流れてくるだけだ。 あくびを噛み殺し、まなじりに浮かんだ涙を手の甲で拭う。この時間帯、とっくに眠りについているので分からないが、麻琴は毎日こんな感じなのだろうか。こんなに帰宅が遅くなるのに、朝は必ず7時前に家を出ているというのか。 ……アイツの身体は、本当に大丈夫なのだろうか。明らかに無理をしているのではないだろうか。

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