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第14話
「ただの風邪と診断されたのでホッとしました。運ばれた病院で点滴打ったら爆睡しだしたので、とりあえずここまで連れてきました」
邦孝は宮田の顔を見た。……当たり障りのない笑みを浮かべる男だと思った。左手の薬指には銀色の指輪が光っており、所帯染みた空気をまとっていた。
「運ばれたってことは、職場から救急車で……?」
「そうなんですよ。あまりにもデスクでぐったりしていたので、それなら救急車呼んじまえって」
頭のてっぺんから、さーっと冷えていくようだった。「貴方が付き添って下さったってことですよね?」
「そうですね……今夜は仕事を早めに切り上げて、家でチビと一緒にお風呂に入る予定だったんですけど、コイツを見捨てるわけにはいかなかったので」
「申し訳ありません……ありがとうございます」
半睡状態の麻琴を抱きとめた状態で頭を下げれば、宮田は「いえいえ、問題ありませんよ」と笑ってかぶりを振った。それから、邦孝の顔をじっと見つめてきた。
「……あ、医療費とタクシー代ですよね。ちょっと待って頂けますか?」
「あ、いや、そうじゃないんです。それはコイツと次にあった時に、何倍にもして返してもらいますね……というのは冗談で。すいません、急に見つめてしまって。なるほどって思ったので……」
「え?」
メッセンジャーバッグから財布を取り出そうとした手を止め、再び宮田を見る。
「行平、救急車の中ですごく落ち込んでたんです、『同居人に迷惑をかけてまう』って」
邦孝は一瞬、ぽかんとした。が、気づけば顔が歪んでいた。……自らの体調がすこぶる悪いのに、麻琴は俺のことを気にかけていたというのか。こんなに身体が熱くて、苦しそうなのに? ……心が痛いほどに締めつけられる。
「……同居人っていうから、え、ひょっとして彼女? って勘ぐったんですけど、そうかそうか……」
宮田の合点はいったと言わんばかりの表情だった。勘づかれたと焦り、顔が強ばる。すると相手は「あ、いえ、大丈夫ですよ!」と慌てて首を横に振った。
「あの、僕、嫌悪感とかまったく持ってないので! 僕の身内……兄貴が同性愛者なので、普通の人よりは理解があるはず、です」
「あ、えっ……そうなんですか……」
「あ、すいません。こんなところで立ち話してる場合じゃないですね。部屋まで一緒に連れて行きましょうか?」
半ば動揺し、半ばほっとしながらも、邦孝は「いえ、大丈夫です。ありがとうございます」と宮田の厚意を断った。麻琴の方がずっと背丈はあるが、自分ひとりでも連れていけるだろう。宮田は柔和に笑い、「分かりました。では、僕はこれで失礼します」と言って停車していたタクシーへと戻ろうとした。
「……あ、そうだ。行平が起きたら、明日の出勤はなくなったとお伝えください。それと」
「は、はい?」
後部座席に乗り込んだ宮田は、何とも含みのある笑顔と言葉を邦孝に送った。
「来週いっぱい、行平は代休を取るようにと上司から指示されていたので、宜しくお願いしますね?」
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