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第16話

目が覚めたのは、翌朝の7時過ぎだった。 私服のまま眠ってしまい、服には皺がついていたが気にしない。邦孝は大きなあくびをしながらベッドから身を起こし、カーテンを開けて数分間、朝の光を浴びた。それから麻琴の部屋に向かえば、彼はすやすやと眠っていた。 おそらく、寝不足による免疫低下に加えて、気候の変化に順応できずに風邪を引いてしまったのだろう。……思えば、麻琴が風邪をひいて寝込んでいる姿を見るのは、これが初めてだ。少々失礼だが、コイツも人間なんやなと思わされた。 さて、と邦孝は麻琴の部屋を出て台所へ向かう。……1膳分の冷やご飯がある。冷蔵庫にはチューブタイプのすりおろし生姜とニンニク、ネギが1本あった。調味料は揃っていて出汁も取れそうだ。 レシピは決まった。キッチンの棚からひとり用の土鍋を取り出し、手早く薬膳粥を作った。立ち込める湯気から出汁、生姜、ニンニクの匂いがたっぷりと薫ってきて、空っぽの腹を容赦なく刺激してくる。少々作り過ぎたので、自分もこれを朝食にしようと、お盆の上にふたり分の茶碗とレンゲ、それから温かいお茶を乗せ、麻琴の部屋へと向かった。 麻琴は変わらず眠っている。申し訳ないと思いつつも彼のそばへ行き、少しだけ声を張った。 「麻琴、悪いけど1回起きて。朝飯作ったし食おう」 閉ざされたまぶたがひくりと動き、麻琴はゆっくりと目を開けた。重々しいまばたきをしながら、ぼうっとした視線をのっそりをこちらに向ける。……まだ、熱があるのだろう。黒い瞳は朧げにしか光っていなかった。 「飯食って、薬飲んだらまた寝たらええし。冷めへんうちに食おうや」 「……今、何日の何時?」 開口一番にそう訊ねられ、「13日土曜日、朝の7時50分くらい」と答えれば、麻琴はかなり慌てた様子で身体を起こした。 「仕事、行かな……――」 「行かんでええ」 邦孝は麻琴の胸元を押して、制止した。ふと、昔に似たようなことがあったなと思い出し、口元に苦笑が滲む。何かを言いたげに中途半端に口を開いている彼の膝の上にお盆を乗せ、「とりあえず、朝飯や」と言って茶碗にお粥をよそい始める。 「仕事は明日から来週の日曜まで休んでくれやって」 「何……?」 麻琴は眉間に深い皺を寄せ、こちらを見る。察するに、昨晩の記憶がないのだろう。それだけ酷い状態だったということだ。ならば尚更、この部屋に閉じ込めて看病しなければはらない。 昨夜のことを掻い摘んで話せば、麻琴は至極バツの悪そうな表情になり、額に手を置き、ため息をついて項垂れた。そんな彼にお粥を差し出す。 「そういうわけやし、今日からしばらくはおとなしくしてること」 「……わかった」 ありがとう、と食事を受け取った麻琴が「いただきます」と食べ始める。その様子を見ながら、邦孝もベッドに腰をおろし、啜るように粥を口にした。手前味噌だが、とても美味く作れていた。

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