17 / 20

第17話

――宮田さん、俺らの関係に気づかはったよ」 「……あぁ」 麻琴は目を伏せながら声を漏らした。「何か言うてたか?」 「自分の兄が同性愛者やから、偏見はないって。けど、物珍しそうに俺のこと見てはったわ」 「そうか」と、麻琴が苦い笑みを浮かべた。「悪い奴やない。家で奥さんの尻に敷かれっぱなしやから、仕事で発散してるだけで」 「あぁ、よくいるよな、そういう人」 「アイツくらいや、俺とまともに接してくれるん」 邦孝は目を見開いた。 「他はほとんど、俺を化け物みたいに思うてんのか、最低限しか喋ってこうへんし」 「な、何で……?」 麻琴は物静かで冷静で、対人関係で問題を起こすような男ではない。なのになぜ、そんな扱いを受けているのか。 「俺が、仕事ばかりしてるからやろ」 そう言って、麻琴は鼻水を啜った。ベッドサイドに置かれたティッシュ箱を渡してやる。 「愛想がなくておもんない。何考えてるか分からん、宇宙人みたいな奴。陰でそんな風に言われとる。別に構わんけどな」 「……そんな」 「他人に何言われようと、気にならへん」 鼻をかみ、お茶をひと口飲む。熱を孕んだ顔にこれといった感情は浮かんでいなかった。……そんな風に思われてまで、なぜ彼は働くのか。働けるのか。その理由が、邦孝にはだいたい分かっていた。 胸がひどく締めつけられた。麻琴と話をしなければならない。腹を割って話をし、ゆっくりじっくりと考えなければならない。 が、今すぐにと急いているわけではない。邦孝は薬膳粥をぺろりと平らげると、風邪薬と水を取りに台所へ戻った。 土日の間に、これまでの寝不足を挽回するほどに熟睡した麻琴は、月曜日の朝には熱がひき、しつこい鼻水と咳は残っているものの、顔色は非常に良くなり、全身の倦怠感もなくなったとのことだった。 「俺は大丈夫やから、仕事に行ってくれていい」と言われたので、「この部屋から一歩も出るな、パソコンも開くな」と何度か釘を刺して、邦孝は会社へ向かった。昼休みには、「今日は旦那が出張で、弁当を作らなくて良かったから」という千夏と会社近くのカフェへ行った。ハンバーグランチを食しながら週末の出来事を話せば、「三ツ井くんも今週いっぱい休めば良かったのに」と言われる。流石にそれはと顔が引き攣ったものの、出勤してからずっと麻琴のことばかり考えて仕事に身が入らないので、水曜日か金曜日あたりに有給を取ってしまおうかと思わなくもなかった。結局、今週に限って出席必須のミーティングや、重要なシステム処理の予定が入ったので、それは叶わなかったが。   水曜日になると、麻琴はほとんど快方に向かっていた。邦孝が仕事を終えて帰宅すると、大根おろしと生姜のすりおろしをたっぷり入れた鶏団子スープとかやくご飯を作って待っていてくれた。「風邪の治りかけの時に食べたらええもんで作ってみた」という夕食はとても美味しく、食べ進めるうちに身体の内側からぽかぽかと暖かくなった。 「パソコンに齧りついたりしてへんよな?」 そう訊ねれば、「メールチェックだけはしてるけど、宮田が上手いこと色んな人を動かして俺の仕事をフォローしてくれてるみたいやし、任せることにした」とのことだ。それならいいとうなずいて、邦孝は食事を終えた麻琴を部屋にやり、食器を片付け始めた。……明日にでも例の話ができるかもと思うと、緊張で胸がどきどきした。

ともだちにシェアしよう!