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不機嫌な先輩3
嬉しそうに、楽しそうに。
目に見えてウキウキと顔を綻ばせた椋に気味の悪さを覚えながら、刻久も何かボソボソと呟いている陽彩に耳を傾けた。
「…お、おかえりなさい。……お、おにいちゃん…」
その瞬間の、兄の至福と優越感に満ちた顔といったら…。
(夢に出る…)
刻久は全身を鳥肌で埋め尽くしていた。
見ると、言った陽彩自身も肩をぶるぶると震わせ後ろ髪を逆立てている。
固まった笑顔は今や蒼白になり、冷や汗を流していた。
「…随分と、変わったコミュニケーションの取り方ですね…」
刻久が腕に浮き上がった鳥肌を摩りながら言うと、椋は最上級の笑顔を彼に向ける。
「なにか?俺は陽彩の“実の兄”なんだ。そう呼ばれるのは当然だろ?」
「その実の兄が弟に対してする顔じゃなかったですよ。今、確実に陽彩に欲情したでしょう。“実の弟”にそんな気を起こすとか変態なんですか?」
「失礼だな。“実の可愛い弟”に『おにいちゃん』と呼ばれて嬉しくない兄はいないだろ。だいたい、君みたいな赤の他人にとやかく言われる筋合いはないことだ」
その言葉に、流石にカチンときた。
何故だろう。
いつもはこんなわざわざ争い事を起こすような真似はしないのだが、この人相手には言ってやらないと気が済まない。
「下心が見え見えです。“俺の陽彩”にあんまり変なことをさせないで下さい」
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