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不機嫌な先輩5

そんな時、不意に陽彩の兄の携帯が鳴った。 すると彼は心底残念そうな顔をして、溜息を吐く。   「どうやら仕事の電話みたいだ…。もっと陽彩といたかったんだけど、ごめんな。話は夜家でたっぷりとしよう」 そう言って陽彩の頬にキスをした彼は、車に乗ってその場を去っていった。 まるで嵐が通り過ぎたかのような感覚に、2人は暫く黙り込んでいたが、次には刻久は黒いオーラを身に纏い陽彩を睨み付ける。 「さっきの。何か説明があるんだろうな?」 「ひっ。す、すみません…っ。でも椋兄の機嫌を損ねると、後が怖いんです…!」 「だからって別に、にゃんにゃん言う必要はないだろ」 「にゃ、にゃんにゃん…?」 自分のしていたことに無自覚な陽彩は首を傾げる。 それに刻久は大きく溜息を吐いて、もういいと言うようにそっぽを向いてしまった。 「え…。せ、先輩…?」 「……」 「先輩?せんぱーい。刻久先輩っ」 「……」 すっかりふてくされた刻久は、陽彩が何度名前を呼んでも反応しない。 その様子に陽彩は一度考え込み、次には「よしっ」と意気込んで刻久を見上げた。 「と、刻久おにいちゃん…?」 「!?」 バッとこちらを見た先輩と視線が交わる。 おれを凝視したまま固まっている先輩に、どうしたらいいのか分からずに狼狽した。 「あ、あの…、先輩…?」 「………陽彩」 「っ、は、はい…っ」 「今から、俺の家来い」 初めて会った時以上の鋭い眼差しを向けられ、陽彩はブルブルと震え上がる。 その光景は飼い主に叱られるワンコのようだ。 刻久の提案(命令)には拒否権などなく、陽彩はコクコクと頷くことしかできなかった。

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