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知らざる後輩9

「ぇ…?」 突然言われたことに、俺は理解が遅れた。 持っていたカップを置いて、目の前の相手に視線を向ける。 陽彩兄は感情の読めない顔をしていた。 手に持った紅茶を眺め、徐に一口飲む。 「再婚、とかですか…?」 「……いや。あの子は生まれてすぐ、うちが引き取った」 「っ、それって…?」 話が読めずに困惑する俺に、これは静かに話し続ける。 「陽彩の父親は、陽彩が生まれる前に病で亡くなっている。そして母親は、陽彩を産む前…、病院に向かう車で事故にあった。即死は免れたけど、陽彩を産んですぐ──」 「……」 言葉がなかった。 そんなこと、俺は知らない。 それに対して怒りが湧くとかはなく、ただただ驚いた。 だって別にわざわざ話すことでもないだろう。 それに陽彩にとっては今いる家族が陽彩の家族なのだから、隠すもなにもない。 「正確には俺は陽彩の従兄弟なんだ。親戚はうちしかいないし、すぐ引き取ることが決まってね」 「……」 「初めて陽彩を見た時、天使みたいだと思ったよ。目の前の小さな命がどうしようもなく愛おしくて…。…陽彩は、俺が初めて触れた時、幸せそうに笑ったんだ。その笑顔を見て俺は、この子を守ってやらなくてはと思った」 そう語る彼の瞳は、ひどく優しいものだった。 それを見て、彼が心から陽彩を愛しているのだと知る。 「これだけは言っておく。陽彩を不幸にしたら…、俺は君を許さない」 その鋭い視線に、俺は無意識に息を呑んだ。 そしてはっきりと頷き、椋さんを見つめる。 「そんな目には合わせません。俺は絶対に、陽彩を幸せにします」 なんだか結婚の挨拶みたいになってしまったが、椋さんはそれを笑わなかった。 そしてふっと息を吐くと、彼は立ち上がり、ニコリと爽やかな笑みを浮かべる。 「ま。今日はこれでお開きにしようか。俺は帰るけど、藤井くんはゆっくりしていって」 そう言いカフェを去っていく陽彩兄。 俺は暫くボーッとしていたが、1人でこの空間にいるのが小っ恥ずかしくなり、そそくさと店を出るのだった。

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