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ピンチな後輩13

刻久先輩はバンザイをしたまま、ガルルル…と獣のように威嚇をし臨戦態勢である。 「おい正樹、手ぇ離せッ」 「ダメです。これ以上事がデカくなったら、お前まで状況悪くなるぞ。処分なんて受けて欲しくないよな?陽彩ちゃん?」 「!」 いきなり話を振られ、反射的にコクコクと頷く。 それを見た刻久先輩は、まるで苦虫を噛み潰したような顔で押し黙り、やっと臨戦態勢を解除した。 「長嶋…お前…」 「クソッ、なんだよッ!?文句あんのかッ!?」 同じ学年の玖保先輩は相手のことを知っていたらしく、長嶋と呼ばれた男子生徒は酷く殺気立っている様子だった。 その姿に体を竦ませていると、軽い調子で三浦先輩が「はいはい、じゃあちょっと一緒に行こうねー 」と2年生2人を廊下へ連れて行く。 「刻久。お前は陽彩ちゃんに付いてやんな。俺たちこいつ連れてっから」 「……あぁ、頼む」 小さく刻久先輩が答えると、三浦先輩は笑みを浮かべてひらひらと手を振り行ってしまった。 あっという間の一連の出来事に唖然としていると、やがて刻久先輩がおずおずとした様子でこちらを振り返る。 「…陽彩。その、大丈夫か…?」 「…ぁ、は、はい。……あの、なんで扉…。鍵かかってませんでした…?」 「あぁ…。お前の幼馴染が、陽彩が化学準備室に行ったって教えてくれて。嫌な予感がしたから職員室から鍵を借りて来た」 「嫌な予感って…」 もしかして、玖保先輩から聞いたのかな。 そっか。そのおかげでおれ、助かったのか。玖保先輩にお礼しないと…。 「…陽彩」 「…っ」 気がつけば目の前に刻久先輩がいて、ギュッと抱き締められていた。 それに驚いていると、おれの頭に顔を埋めた先輩が弱々しく呟く。 「心配した…。マジでビビッて、余裕ねぇことした…」 「……」 …先輩。そんなに心配してくれたんだ…。 なんとか顔を上げて、先輩を見つめる。 刻久先輩の、綺麗な色。 あの時も、この色に救われた。 何もかもが怖くなって、前に進めなくなっていた高校の入学式。 あの時、たった一瞬で先輩は、暗闇にいたおれを救い出してくれたんだ。 「…先輩って、本当にかっこいいです」 「えっ。な、なんだよ急に…」 「…へへっ。なんでもありません」 顔を綻ばせて先輩を見つめると、彼は困ったように笑って、またおれをギュッと抱き締めてくれる。 少し寒くなり始めたこの時期。 でも包み込まれた体はポカポカとして、とても暖かく感じるのだった。

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