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第19話 雨隠れ
「よう、久々だな。あまりにもご無沙汰だから、もう捨てられたのかと思ったよ」
琥珀色の液体の入ったロックグラスを持ち上げて、藤倉が声をかけてきた。
「捨てられたって…そんな関係じゃないよな、俺たち」
「さあ?どんな関係だったっかな……」
グラスの中身を一気にあおるように飲むと、藤倉は笑いかけてきた。その表情には曇りはない。この前の出来事は無かったことになったらしいと思った。
この店に足を踏み入れるのは久々だ。なのに時間が止まったかのように何も変わっていなかった。
「なあ、今度の日曜日出かけないか?」
まるでルーティンワークのように金曜の夜に会えればここで会うだけの十年を経て、今更どうしたいのかと訝しげに首をひねった。
「どこへ?」
「お前の行きたいところへ」
そう言いながらまた藤倉はグラスの中の液体を水のように流し込む。
「どうした?急に……」
「いや、もう十分かなと。俺の責任は終わったと思っているんだが」
「馬鹿なことを言うなよ。お前はこれからだろう」
「そうか?俺は自分の一番大切なものを失くして代わりに何を得たのかな……」
藤倉の何が言いたいのかは察しがついているが、それに気がつかないふりをするのが藤倉の家族にたいする礼儀だと思っている。だから、今日も鈍いふりをする。
「十年前のあの決断は間違っていなかったよ、それだけは確かだ」
藤倉はその言葉に顔を曇らせたが、すぐにいつもの表情に戻った。
「で?今日は、どうした?くだんの彼氏にはふられたか?」
「別に…元々何もないのに?」
「いやいや、あの時は間男にでもなったような気分だったよ」
「珍しく、突っかかるな」
藤倉はそうかと笑いながらまたグラスに琥珀色の液体を注ぐ。
「……いつもよりピッチ早くないか?」
こんな無茶な飲み方をするやつじゃない。何かおかしい。
「心配してくれるのか?」
「友達だろう……」
「……そうか、友達か……」
自分が発する言葉のひとつひとつが、相手を傷つけていることに気づいても知らないふりをするすしかない。
「……つい、この間まで俺の手の中に…あったと……思ってたのにな」
そう言うと藤倉はテーブルに突っ伏してしまった。
「……藤倉?」
飲み過ぎたようだ。確かに今日の飲み方は乱暴だったと思った。常に周囲を気にする男にしては珍しい。見捨てて置くわけにもいかず、藤倉を起こした。体格差もあり、抱え起こすのが精一杯だ。
「困ったな……」
自宅は知っているが、連れていくわけにはいかない。あの家には嫌な思い出しかない。そして、二度とあんな扱いを受けるのは嫌だった。
「ふ・じ・く・ら!」
声をかけてみても、うーんと唸るだけで動く気配もないようだ。マスターが「タクシー呼ぶよ」と、携帯を手にした。
とりあえず水を飲ませて、タクシーに押し込む。隣に席に滑り込むと一番近いホテルの名前を告げた。
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