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第20話 雨間
自分より一回り大きい藤倉をホテルの部屋まで運び込むことは、一苦労だった。足取りのおぼつかない藤倉を引きずるようにして、手前のベッドに滑り落とすようにおろすと大きく息をついた。
このまま置いて帰ろうかとも思ったのだが、万一夜中に具合でも悪くなったらと考えてしまう。どうせ帰ったところで落ち着いては眠れない、そう考えて奥のベッドに身を投げ出した。
……帰ったところで誰も待ってなどいない。
「歳を取ったな」
アルコールで少し苦しそうに寝息を立てている藤倉の顔を見てそう思う。お互い様だが、十年と言う月日を超えてきたのはたしかだ。その十年分歩んできた道もは離れてしまったと改めて気が付いた。
「もう俺たちの道がどこかで交わることはないのに」
そう眠っている藤倉に聞こえない言葉をかけると、シャワーを浴びるためにバスルームへと向かった。
戻ると藤倉は規則正しいリズムで寝息を立てていた。
その寝顔をみて考える、お互い嫌いで別れたわけじゃない。苦しんで悩んで、眠れぬ夜を過ごして……。
もしも数年前だったらとは思う。そうすれば、何もかも失くしても良いと突っ走れたのかもしれない。今は藤倉も背負うものが増えてしまった。もう荷を下ろして逃げるわけにはいかない年齢に二人ともなってしまったのだ。
人の寝息が聞こえる場所で眠るのは久々だった。「安心する」そう思いながら眠りについた。
翌朝、起きて藤倉の様子をうかがうと呼気からアルコールの匂いがする。
「藤倉、水」
軽く揺すると、微かに目を開けた藤倉と目が合った。一瞬、何が起こったのかわからないと言う表情をしていた藤倉の目が見開いた。そして、驚いた顔になる。
「え……」
「おはよう、大丈夫?」
「……俺…なんで……」
一瞬、言葉を詰まらせた藤倉に、かぶりを振って何も起こらなかった、心配することはないと伝える。
「それはこっちの台詞だろ。昨日はどうしたんだ?」
「いや、お前が……いや、何でもない」
「何かあったのかと心配したぞ」
そう言いながら、自分がいつの間にか藤倉に守ってもらう存在になっていて、頼られる存在ではなかったことに気が付いた。友達として対等なつもりでいたのに。
決して藤倉も強くはないのだ。自分がまた捕えられ、動けなくなると怯えていた。形の見えないその影はいつの間にか陽が陰りかき消されもう残っていなかった。
「なあ、何かあったら俺に相談してくれないか。俺に何ができるかは分からないが、話を聞くくらいならできるよ」
そう伝えると、藤倉は少し寂しそうな顔をした。
「一稀……」
「なんだか今日は俺らしくないこともできそうだよ…もう帰るからな」
そう言い残して、立ち上がり着替えようとスーツに手を伸ばした。その時後ろから藤倉に捕らえられた。
背中から抱きしめられて一瞬体に力が入ったが、藤倉からは不安をあおるような感じは伝わってこない。自分の体の前に回って交差している藤倉の腕を軽くとんとんとたたいた。
「藤倉、俺はもう帰るよ…お前も帰るべきところに帰れよ……」
そう告げると藤倉はやっと自分の腕の中から解放してくれた。「居るべき場所へ帰ろう、なにかが変わるかもしれない。自分から行動を起こしてみさえすれば」そう思った。
どうせ終わるのなら、静かに誰も知られずに終わるより想いを告げて情けなくみっともなく終わらなくてはいけないんだと、その決心がついた。
ホテルのロビーに降りると、一度も自分からはかけたことのない番号を呼び出した。
「……もしもし…そう……いや、時間があればと……」
ホテル前のアスファルトは、夜中に降った雨の跡が渇き始め、まだら模様になっていた。
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