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第21話 雷雨
「お待たせしました」
「早かった…な……」
勢いで電話をかけてしまったものの、どうするのが正解なのか図りあぐねて悩んでいた。ついさっきまでは全てが上手く行くような気がしていたが、いざ桜井を目の前にしてみると何も上手く行はしない。
「羽山さんからお電話いただけて嬉しかったです」
「ああ……いや」
もう何をどういう順番で話すべきなのか、さっぱり分からない。
土曜日の昼下がり、自分は少しくたびれたスーツ姿で目の前にいる桜井は薄手のジャケットと七分丈のパンツ。若いなと改めて思う。
「連絡しようと思っていたのですが、なかなか忙しくて……」
「いや……」
呼び出したのは自分なのに、話の流れを作ることさえできていない。
「北澤専務の件ご迷惑をおかけしました」
最初に桜井にそう言われ「ああ、そうだった。桜井には見合いの話があがっていたんだ」と思い出した。もう相手には会ったのだろうか。結婚を前提とした付き合い。自分には一生縁のないものだ。
「個人的なことだ、何も迷惑はかかっていないよ」
何を自分は言おうとしていたのかと恥ずかしくなる。見合いをするという男に向かって、それも十も年下の相手に何を言うつもりだったのか。
「もうご迷惑をおかけすることはないと思いますので」
「……そうか」
聞きたくない、嫌でも耳に入ってくる。そして傷つく。その資格もないのに。
「そのことも羽山さんに連絡しようと……」
そこまで言うと桜井は一瞬黙ってしまい合わせていた自分の両手をぐっと強く握った。
「……別に」
「はっきりとお断りしてきました、関部長にも直接お会いして」
「え?他に誰か……」
「いえ、社会人ですし、いい加減なお付き合いができる年齢でもありません。全く結婚も考えられない私では、かえって先方に失礼かと」
「そうか」
安心……した。なぜかほっとしている自分が嫌になる。
「でも、やっと来た連絡が北澤専務のお嬢さんの件だったのは少し寂しかったですね」
「え……」
「自分から連絡すればよかったです」
「……誰に?」
「羽山さんにです、他の誰に連絡するというのですか」
桜井は誰にと問うその言葉に驚いて、少し声が大きくなった。そして桜井のその声に驚いてしまい何も答えることはできなかった。
「仕事が忙しく連絡できなくて……」
「それは解っている」
「……と言うのは、本当は違っていて……」
「え?」
「あの夜、なぜか腹ただしくて。それでも自分が何に怒っているのかわからなくて。なのに羽山さんからは一切連絡が来ないから」
「……待っていた?」
「待ってましたよ、羽山さんから連絡が来るのを」
桜井の瞳は真っすぐに自分を見つめている。そこには嘘はない。その目を見つめながら、めまいを起こしそうになっていた。
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