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第25話 紅雨

   浅い眠りを何度か繰り返して、軽い頭痛と共に目が覚めた。カーテンの隙間から差し込んでくる光が、もうとうに日は昇ったのだと知らせてくれている。起き上がる気力もなく、天井に小さなしみのように貼りついた蜘蛛を見ながらぼんやりとしていた。  テーブルの上に置きっぱなしの携帯がずずっと音を立てて少し動いた。起き上がって確認などしなくても、週末にやってくるメールは読むこともなく捨てる程度の内容だと知っている。  また携帯が震えた、今度は長く。「メールじゃないのか」そう思って電話に出ようと体をベッドから起こした。そしてテーブルに近づいた時に携帯はまた静かになってしまった。  メールだったのかと思いまたベッドへと足を向けた時、ドアが強めにノックされ外から声が聞こえてきた。  「羽山さん、大丈夫ですか?」  「え……」  ドアがまたノックされる、反射的にドアに向かうと鍵を外した。ドアがすっと開き、その向こうには心配そうな顔の桜井が立っていた。  「大丈夫ですか?メールの返信もなくて……それで」  そう言われて、昨日の夜の桜井からのメールに返信もしていなければ開封さえしていないことを思い出した。  「いや、悪い。昨日はあのまま眠ってしまって……」  ばつが悪くなり、テーブルの上の携帯を見た。その視線につられるように視線を動かした桜井がため息をついた。携帯同様テーブルの上に置きっぱなしで、手つかずの昨晩の中華粥とコンビニの袋が目に入ったのだろう。  「昨日、帰らなければ良かったです」  桜井の言葉にいたたまれなくなった。まるでいたずらを見つけられた子どものように下を向いたまま答える。  「すまない、心配をかけて……」  「……いえ、羽山さん、昨夜から何も食べてらっしゃらないのですよね」  「ん、ああ」  「熱はなさそうだったのですが…昨日より顔色はよさそうですよね。もし良かったら食事をしに少し外に出かけませんか?」  この部屋に桜井を上げるのはどうしてもいい考えだとは思えなかった。これ以上この部屋に桜井の影が落ちるのが怖い。  「大丈夫……着替えるよ」  桜井を玄関に残したまま奥のクローゼットへと向かった。そのクローゼットの扉を開けた時、内側にはめ込まれている鏡に玄関の桜井が映った。その鏡越しの姿に背中から刺されたような痛みを覚えた。やはり桜井は鬼門なのだと思った。  「うどん好きですか?」  「え?」  クローゼットの中のシャツを眺めていた時に、唐突に楽しそうな声で話かけられた。  「うどんです」  桜井は何を言ったのか聞こえなかったと思ったのだろう、はっきりとした声でゆっくり繰り返した。それから、嬉しそうに笑った、それはまるでいい考えを思いついたと言うような様子だった。  「嫌いじゃないが……」  別段、好きでもないと続く言葉を呑み込んだ。  「じゃあ、行きましょう。博多うどん召し上がったことあります?」  「……博多…うどん?」  「やっぱりそういう反応ですよね」  くすくすと嬉しそうに桜井が笑う。その笑顔を見ながらなぜか泣きたいような気持になってしまっていた。  「讃岐が関東を席巻してしまっていますからね、博多うどんを今日は食べて欲しいです」  本当に嬉しそうな桜井の顔を鏡越しに見ながら、クローゼットの奥から薄緑のシャツを引っ張り出した。

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