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第27話 朧
すぐに頼んだ食事が運ばれてきた。
「昼はこれで仕舞いやけん、後は頼むね」
店主が笑いながら手を振って出ていった。ありがとう、片づけておくよと、笑いながら返す桜井の表情に、ここでどれだけ信頼され可愛がられていたのかがうかがえる。
どこにいても愛される性格なのだろう。自分とは違うと思った。
湯気のあがる器には透明な出汁の中に白い麺ときつね色の丸いさつま揚げのような物が乗っている。
「……さつま揚げ?」
「丸天です。柔らかいうどんですが、そこが美味しいんです。食べてみてください」
「へえ、出汁がきいてて美味い……」
「気に入ってもらえて良かった。大学の時ここで食べて懐かしくて、押しかけバイトになりましたから」
また一つ新しい事を知ってしまう。そして、覚えていなくてもいいことは何故か忘れらないのだ。
予定外に長居してしまったうどん屋を出て、ゆっくりと歩いて戻る。
「あの店でバイトしていたのなら、何度かすれ違ってたかもしれないな」
何気なく口にしたその言葉に桜井が足を止めた。
「ええ、何度か」
「えっ?」
「……と、言ったら驚きますか?」
冗談だったのか、それとも違うのか桜井の表情からは何も読み取れなかった。
アパートにはすぐについた。そこで桜の木を見上げると「来年は一緒に見たいですね」と、桜井は独り言のように呟いた。
「羽山さん、今日は無理させてすみませんでした。私は帰った方がいいですか?」
判断をこちらに預けてくる。いつも流されてついて行くのが今までの人付き合いのデフォルトだ。仕事では状況を考え一番効率的な方法を的確に判断をすることができるのだが、ことが自分の事となると自分で判断ができない。そこには効率も成績も求めれられておらず、ただ何がしたいのかと言うことを問われる。それが苦手なのだ。
小さい頃から自分は他とは違うという思いがどこかにあって、傷つかないために他人に自分の道を決めてもらうようになった。人について行くことが正解だと、 覚えてしまっている。
「いや……」
「では、一緒にいてもいいですか?」
「いや……」
羽山は自分が何をどうしたいのか解らず、どちらの質問にも否定で答える形になってしまった。
「えっと、困ったな……じゃあ、もう少し一緒にいます」
そう言うと、桜井は後をついてくる。チャンスなのかピンチなのか、もうどちらでも結果は同じだと思った。部屋の前で立ち止まり、桜井の方を振り返った。
「コーヒーでいいか?他に何もないから……」
それだけ告げるとポケットから鍵を取り出した。
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