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第37話 小暑

  「桜井、苦しい……」    物理的に苦しいのではない、そんなに強くは抱き締められてはいない。それでも息ができないほど苦しいのだ。  「すみません、もう少しだけ」  頭上からねっとりとした空気が降りてきて、だんだんと周りの空間を満たしていく。呼吸もできないほど、濃い。  「……さくらい」  「はい」  その返事は柔らかく、自然と足りない言葉を促してくれる。  「飯は……」  「きちんといただきます」  「そうか……」  「はい」  その声のトーンが息苦しさを破る、空気が緩んで身体が浮き上がるような感覚になる。このまま溶けて流れても良いと思えるような……。ゆっくりと目を閉じると、身体の力が抜けた。  「どうしたらいいでしょうか、放したくありません」  「放さなければいい」  「はい」    この瞬間が永遠に続けばいいのにと思える。強張っていた身体の力が抜け、自然と頭が桜井の肩の上に乗る。  「羽山さん、私は自覚していたより羽山さんの事が好きなようです」  「そうか」  桜井はゆっくりと腕をほどいた。そして何事も無かったかのようにまたスプーンを手に取ると、カレーを綺麗に平らげた。  「ごちそうさまでした」  手を合わせて頭を少しだけ下げた。桜井の所作はどうしても心の琴線を爪弾く、最初に出会ったときからだ。  シンクに置いた皿一枚とスプーン一本、それだけを洗うためにスポンジを手に取った。その時、後ろからふわりと何かの香りがした。背中から包み込むように桜井に抱きしめてきた。  桜井が、あらわになっている首の付け根に軽く唇を当てた、首筋に触れた柔い感覚に全身が粟立ち、震えが走った。  「ごちそうさまでした」  「え……」    「カレー美味しかったです」  「桜井、暑い」  「はい、もう夏ですから」

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