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第45話 蝉時雨
予定より仕事が押してしまい、結局一人で会社を出た。携帯に送られてきた地図を頼りに行けば行けるだろうと思っていたが、地図で到着した場所は貸し会議室のあるビルだった。
これは自分で探すのは無理だと諦め、メールに載せられていた御園の携帯番号にダイヤルした。
「もしもし?」
電話の向こうから店内の騒音にかき消され、ほとんど聞き取れない声が聞こえた。
「あ、御園?今近くにいるはずなんだが、場所がわからなくて……」
「……え?悪い、聞こえない。ちょっと待って」
大声で話す同僚達の声にかき消されて、聞き取れないようで外へ出る様子が伝わってきた。
「悪い、聞こえなかった。羽山?か?」
「ああ、どうも迷子になったらしい」
電話の向こうでけらけらと笑う声がした。御園は二年前と何も変わっていないようだ、まるで幼馴染に久々に会うような感覚がする。
「迷子って、何歳だよ。どこにたどり着いたんだか、今目の前に何が見えるか教えてくれ。」
何が見えると言われて見回した先に……二年前と変わらない御園が携帯を片手に立っていた。
「お前が見え…る……」
「え?あ、こっちこっち」
ほんの数メートル先ビルの入り口で、御園が笑いながら手招きしている。
「遅刻してその上に迷子じゃペナルティだな。羽山、お詫びに今日の夜は付き合え」
「ああ、もちろん。今日はとことんつき合わさせてもらおうかな」
「羽山と飲むのは二年ぶりか!よし、上手く抜け出す方法を考えなきゃだな」
ああ、本当に楽しい夜になりそうだと思いながら、ビルの地下に続く階段を御園の後について降りて行った。
「で?どうなのよ最近?」
「どうってお前……」
「え、笑って誤魔化すのか?二年ぶりだといろいろと積もる話もあるだろうから俺が聞いてやるよ。お前昔から自分の事になると口が重たいんだよな」
「それより、お前の話を聞かせてくれよ。あっちでは恋人と生活してたと聞いたぞ」
「……その話聞きたいか?長くなるし、重くなるぞ」
急に御園の口調が重たくなった。聞いてはいけないことに触れたのか。不自然なくらい楽しそうにしていたのは、これが原因だったのだろう。
「聞いて欲しいか?……それとも聞いて欲しくないのか?」
「相変わらず直球だな……そうだな、聞いてくれるか……」
御園の話によると、海外駐在が決まった時に、当時付き合っていた恋人が学生だったということもあり連れて行った。
しかし、言葉も通じない国で御園が仕事に出ている昼間は何もすることない。ただ御園を待つだけの生活を強いられた恋人の心は御園からだんだん離れていってしまい、寂しさを埋めるために新しい居場所を見つけてしまったらしい。
最初の三か月は甘く、そして続くすれ違い。恋人の裏切りに気が付くまでの半年。自分自身も海外での仕事に馴染まなくてはならない状況で辛かったのだろう。
結局一年で、恋人は新しい土地で出会った他の男のところへ行ってしまったという。責めるつもりはない、自分が思いやれなかった事が原因だと話す御園は、自分自身にその言葉を言い聞かせているように見えた。
……大人だからという理由で、相手が若いからという理由で自分に非があると言わんばかりのその言い方にため息が出た。
「恨んでも、泣いても良いと、俺は思うが……無理に綺麗な思い出にしようとする必要はない」
「馬鹿みたいに若い子に入れあげちまったからな。もともと、一生なんてつながりは無理なんだよ結局、鎹になるものもない。相手を縛りつける理由も……」
「御園、縛り付けられてたのは、お前自身じゃなかったのか?」
「あーー、すっきりした。もういいよ俺の話は、今度はお前の話を聞かせろ」
「俺は……何もないよ……」
一生なんて約束は無理、それは分かっている。面倒だとは思うが、そんな関係が欲しいと思っている自分がいる。
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