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第46話 辻風
「ん?じゃあ今はフリーなのか、時々酒に付き合ってもらうかな?」
「いや、フリー……なのかな。違うのか……」
「なんだその歯切れの悪さは?よし、もう少し飲め、俺が聞いてやる」
したたか飲まされた、そして御園もよく飲んだ。話を聞き出すと言っていたはずなのにアルコールが進むにつれて、自分の恋愛話をまた蒸し返しだした。ここでしか吐き出せない事もあるのだろうと話を聞いていたが、いい加減疲れてきた。
「御園、お前立てるか?そろそろ帰った方がいい」
「帰りたくないな」
そう言われても困る、朝まで飲み屋で明かすつもりはない。
「俺は悪いけど先に失礼するよ」
立ち上がると同時に御園に腕をしっかりと掴まれた。
「俺のマンションに泊ってけよ、飲みなおそう」
引き摺られるようにして、御園のマンションに連れてこられた。足元もしっかりとしていて、かなり酔っているのではと思っていたのに、そうでもなかったようだ。
想像するに、話しているうちに思い出したくない事も思い出してしまったのだろう。独りで過ごしたくない夜もある、その気持ちは痛いほどわかる。
「羽山、悪かったな。絡むつもりはなかったんだが」
「いや、久々に飲めて楽しかったよ」
「ワインでも少し飲むか?ナパバレーで買った美味いやつがあるんだ」
「そうだな、うん、少しご相伴にあずかるかな」
まだ引っ越しの段ボールがあちらこちらに積まれたままの御園の部屋は、なぜか居心地が良かった。床に置かれた大きめのビーズクッションに身体を埋めるようにして座る。
「さっきの話だけれど」
「ん?さっきの話って?」
まあ、良いかと御園は笑うとワイングラスを探そうと、食器と書かれたダンボール箱の中に頭を突っ込んでいた。
「これ、これ」
御園はふっと息をかけて埃を払うと、少し曇ったそのグラスを手渡してきた。
「キッキン借りるぞ、これすすいでくるよ」
御園の手にあったグラスも取り上げると、台所へと向かった。細かいことを気にする質ではないが、さすがに埃をはらっただけの曇ったグラスで酒を飲むほど無頓着でもない。
「携帯鳴っているぞ」
グラスを洗っていると、テーブルに乗せておいた電話を指さしながら御園が声をかけてきた。
「こんな時間にかけて来るのは、よほどの急用か?それか恋人くらいのものだな」
少し意地悪そうにそう言うと、御園はにやりと笑った。画面をひょいと覗き込み「おや?」と言うように御園がくいっと片方の眉を上げた。
「桜井って、あの桜井か?」
あの桜井、その言葉が意味するところが分からなくて答えに窮する。
「お前の部署にいるやつだよな」
「いや、五月に調査部へ移動したよ」
「そうか、移動したのか。しかし部下でもないのに、金曜の夜こんな時間に電話をしてくる関係ね」
質問とも独り言とも取れる御園の言葉に答えるべきか一瞬戸惑った。すぐに御園は自分の言葉を継いだ。
「桜井は、お前の部署に異動する二年前に国際部にいたんだよ。何度か飲んだ、あいつストレートだと思っていたが。まさかお前、あいつと付き合ってんの?」
唐突な御園の質問に答えることもできず黙り込んでしまった。一瞬こちらの顔をうかがうように見つめると御園は小さくため息をついた。
「羽山、あいつのバックグラウンド知っているのか?」
「バックグラウンド?」
「ああ、あいつの家族の事を知っているのか?」
知らない、知りたくないと思っていた。極力聞かないようにしてきた。なのに今、知りたくて仕方ない。
「知らない、何も」
「本人が言わないことを俺が伝えるのも変な話だな。ただ、付き合っていとしたらかなり面倒な相手だぞ」
面倒な相手、十分に藤倉で懲りたはずだった。また何か面倒ごとを拾ってきたのだろうかと頭が痛くなってきた。
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