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第47話 黒風

 「桜井か……俺がこんなことを言っていいのか分からないが、あいつは止めておけよ」  何かの冗談かと思っていたが、御園の顔は真剣そのものだ。  「どういう意味だ?」  「もしも、あいつと付き合っているのなら、傷が浅いうちに止めておけと言ったんだ」  止めておけ?付き合っているのなら?今の自分の存在はどういう位置づけなのか、それさえわかっていないのに。付き合っているのだろうか、恋人だと言える自信はない。  「どうしてだか、その理由を教えて欲しい」  「まさかお前、本気なのか?」  「ただ理由を教えて欲しいだけだ」  御園の視線が宙に漂う。どう答えるのが正解なのか、思案しているようだった。嘘をつくようなやつではない、しかし本当のことを包み隠さず言っていいものか思案しているように見える。  「桜井はお前に話していないのか、自分が誰の子なのか」  「え?」  「誰の子なのか」親のことなど話したこともない、家族の事は関係なかった。しかし、これ以上先に進むのなら知らなかったで済まされない事もでてくる。二人が互いを必要ならそれだけで十分だと、そう言い切れるのは若い青い恋愛においてだけだ。確かに成人した男が誰と付き合おうと問題はない。ただ、相手が家庭持ちとなると話は別だ。ましてや男となると問題ないどころか、問題だらけになる、それだけはよく理解している。  淡い期待をどこかに持っていたのだろう、今自分が傷ついていることに驚いた。  桜井は御園にはきちんと伝えてあったことを自分には伝えてくれなかった。そのことが何を意味するのか。  そうか、そういう事か。  気の迷いだったのだ、魔が差しただけ。  ーーーそれだけの事、傷つく価値もない。  「御園、いいよ。聞かない。俺には言う必要はないという事だろう」  「桜井に直接聞け」  御園はテーブルの上に置かれていた携帯を手に取ると、ぐいっとこちらに突き出してきた。一瞬明るくなった画面に着信ありのメッセージが浮かび上がる。  「いやだ、今はいい」  差し出された自分の携帯を御園の方へ押し戻す。  「それあいつからの着信だろう、かけ直せ」  「嫌だ、何も聞きたくない!」  「身体だけの付き合いなら止めない、けれどお前はそういう付き合いはできないだろう。桜井だってお前がどういう人間か知っているはずだ、だから本人にきちんと全て確認しろ!」  「無理だよ、伝える必要もないと本人が思っていることを追求するほどの仲じゃない!」  「お前……馬鹿だな」  御園の声が柔らかくなり、その手がそっと頬に触れた。その瞬間に自分が泣いていることに気が付いた。  「悪い、今日は泊めてくれるか。帰りたくない」  「最初から、俺のところに泊って行けと言っていただろう。俺とお前の仲だ、気にするな」  頬の涙をぬぐい取るようにぐいっと手で顔をこすられた。  「よし、飲み直すか?」  御園はまた箱から埃のついたワイン瓶を取り出し、手で拭ってから渡してきた。  「今、ワインオープナーを持ってくる」  「お前の家にあるやつ全部埃だらけだな」    「ん?仕方ねーだろ、恋人に逃げられて酒飲む相手もいなかったんだから。羽山、さすがにそのワインを洗うとか言いだすなよ」  御園が笑った、それにつられてふと笑顔になった。  

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