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第48話 山瀬
「つっ、痛った」
飲んだワインの量がまずかった。思わず頭を押さえた、かなり頭が痛い。気持ちが悪い、そして喉が渇いている。脱水症状を起こしているなと思った。したたか飲んだ、飲んで一切合切話してしまった。アルコールの勢いと高ぶった感情が同期してしまったのだ。
「水もらうからな」
寝ている御園に声をかけると立ち上がった、一瞬ぐらりと揺れてテーブルに手をついた。これは本当に飲みすぎてしまっている。
「羽山、大丈夫か?」
寝ていると思っていた御園は起きていたようだ。ただ目を開けるのも大儀なのだろう。
「ああ、水もらうよ」
「冷蔵庫に入ってるから勝手にどうぞ」
飲み過ぎたのは御園も同じようだ。冷蔵庫から水を二本取り出すと、一本をまだ布団に転がっている御園に渡した。
「お前、いい加減この部屋で生活できるようにしろよ。せめて寝室で眠れるようにしておけよ」
昨晩グラスを倒した御園を見て、もうこれ以上飲ませるのは危ないと思った。寝室に連れて行ってやろうと、奥の扉を開けて驚いた。そこにはさらなる段ボールが積まれていてベッドにはシーツさえかかっていなかった。
「お前どこで寝ているわけ?」
その質問に御園は床を指さした。リビングのマットの上だここで寝ていたのかと驚く。奥に目をやるとぐるぐると体育館のマットのように丸めてある布団があった。
その布団を敷いて、御園を転がした。
「これ借りるぞ」
一応声はかけた。そして二枚あった上掛けを一枚はぎ取るとそれを被ってソファで横になった。
酔っていたのに、頭が冴えてなかなか寝付けなかった。色々な事に思いを巡らしていた。このまま朝まで眠れないのかと思っていたが、いつの間にか眠りの淵に落ちていたようだ。気がついたら明るくなっていた。
桜井の夢を見た、何故か桜吹雪の中、学生のような若いなりをした桜井が笑っていた。「また必ず会えますよね」そう言って桜井は笑っていた。
「羽山、飯どうする?」
ぼんやりと考え事をしていた時に、御園の言葉に現実に引き戻された。
「そうだな、俺は帰るよ」
「電話かけ直さないのか」
その言葉の意味することは分かっていたが、御園の目の前で電話するのもと思い首を振る。
「大丈夫か、何かあったらいつでも連絡してこいよ」
「お前の部屋が片付いたら、改めて遊びに来るよ」
御園は笑いながら頭を掻いた。そして段ボール箱の山を指さしながら困った顔をした。
「開けたくない箱がどこにあるのか分からないんだよ、怖くてさ。手伝ってくれないか、独りだと怖い。いい歳をした男の台詞じゃないのは分かっているけれど、怖いもんは怖い」
切り捨ててきた心も、思い出したくない思い出もあるだろう。年齢なんか関係ない。物分かりの良い大人のふりをしていても、誰もが心のうちに抱えているのは傷つきやす子どもなのだ。
「来週末、お前のためにあけてやるよ。酒抜きでな、今日はとても動けそうにない」
「それはお互い様だな」
立ち上がり、昨日脱いだスーツを再び身に着ける。「またな」と声をかけると布団の中から御園が手だけあげて「じゃあな」と返してきた。
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