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第49話 熱風

   自分の呼気にアルコールが漂う、昨晩は間違いなく飲みすぎた。まずは家に帰ってシャワーを浴びたい。  タクシーを降りようと代金を精算していたら、左の肘をいきなり掴まれた。  「えっ?」  慌ててタクシーから降りる、明らかに苛立った様子の桜井がそこにはいた。まさか一晩中ここにいたのだろうか。帰って来る時間が分かるはずもないのだから。  「お前まさか、一晩中ここにいたのか?」  「何してたんですか?」  「何って、飲んでたよ」  「心配しました。メールの返信もないし、携帯は通じるのに出てくれない。何かあったのかと思いました」  「昨日は、暑気払いだと言ったはずだが」  「聞いています、けれども朝までとは聞いていません。誰と一緒でしたか?」  「誰とって、同期の」  そこまで言いかけて、失敗したと思った。桜井は御園の恋愛対象を知っている。  「お前が心配することはないよ、大の大人だ」  「羽山さん、昔から危なっかしいんです。心配にもなります」  昔から?そう言われるほど長い付き合いではない。そもそも上司と部下だった時期を合わせても一年ちょっとの付き合いだ。  「大丈夫だよ」  「誰かと一緒でしたよね」  皺になったシャツに触りながら桜井は問い続ける。  「飲んでそのまま同期の家に泊ったんだよ」  「誰ですか?」  「そこまで言わなくてはいけないのか」  「何を隠そうとしているのですか、私の目を見て話してください」  「別に何もない」  「じゃあ、誰と一緒だったか教えてください」  桜井は退くつもりはないらしい。  「御園だよ、お前も知っているだろう国際部の」  「なぜ隠したのですか?何かあったのですか」  「だから、何もないって」  携帯で御園の番号を回すと、そのまま桜井に差し出した。  「直接聞けよ、本人に」  桜井は、黙って電話を受け取るとそのまま電話を切った。  「何もないのなら、羽山さんが私を納得させてください」  自分の部屋に桜井に引かれて入る。いつ来るか分からない人を待つ辛さと、その時間の進みの遅さは良く知っている。しかし、桜井は勝手に待っていたのだ。何故、自分に対してこんなにも怒っているのか理解できなかった。  「やっと進めると思っていたのに、どうして」  これじゃあまるで桜井が自分に執着しているように見える。有り得ないはずなのに。感情をこんなに露わにするやつではないはずだ。  桜井の手にまだある携帯が着信を知らせる、こちから掛けて切ったのだから当然だろう。その着信を見ると桜井は自分で応えた。  「御園さん?すみません、さっきのは間違い電話です。今、取り込んでいるので切らせていただきます」  電話を切ると、桜井はそのまま携帯をこちらに寄こした。  「みっともないと理解しています。でも駄目なんです。今までは何ともなかった事が、ひとつひとつ心に刺さる。自分の余裕のなさに焦っています」  桜井に引き寄せらえて、捕らえられた。体を捩るようにして逃れようとしたが、抱きしめられる力が強くて放してはもらえない。  「煙草臭いし、汗臭い。悪いシャワー浴びたいんだが」  「嫌です、離したくありません」  誰かにこれだけ執着したことも、されたこともなかった。いつでも身を引けるように、傷つかないように。そういう恋愛は、こと桜井に関してはできないようだ。

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