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第51話 青田風
「離せ、桜井」
「なぜですか?御園さんですか」
何故そこに御園が出てくるのか分からない。二日酔いの気持ち悪さと、あまりに青い告白に居たたまれなくなってしまっている。
「とりあえず、風呂に入って休みたい、頭痛がする」
桜井は一瞬不服そうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻って軽く息を吐いた。以前はこんな細かい表情の変化に気が付くことはなかった。今までも感情が顔に出ていたのだろうか、それに気が付かなかっただけなのかもしれない。常に冷静だと思っていたのは勘違いだ、桜井は熱い。
「では、私は勝手していても良いですか」
「勝手?」
「ええ、本でも読んでいます。今週は忙しくて金曜日の接待が終わった時に、無性に羽山さんい会いたくて。けれど、確認のメールには梨の礫 でしたし」
そう言われて、メールを確認さえしていなかったことを思い出した。
「そう、だったのか」
「羽山さん、携帯の意味あまりありませんよね。まあ、らしくて好きですけれど」
さらりと好きだと言葉の中に織り交ぜられるのは苦手だ。こういう表現には慣れていない。桜井はしっかりと言葉にする、軽々しく口にするべきことでないと思っていたことも、そうではなく言葉にして相手に渡すべきものだと知った。伝えるためには言葉が必要だと教えられた。
「羽山さんには振り回されて困ります」
「は?」
「一歩近寄ったと思うと、いつの間にか二歩後ろに下がってしまうのですから。うーん、そうだ、一緒に風呂入りませんか?」
「はあ?」
脈絡のない話に呆れる。そしてまるで「いいことを思いついたので褒めてください」と言わんばかりの笑顔で桜井はとんでもない提案をしてきた。
「お前何を言っているんだ」
「え?一緒に風呂に入りませんか?」
「無理だ、うちの風呂は狭い」
「ん?広ければ良いのですか?じゃあ、今から風呂に行きましょう」
揚げ足を取られて答えに窮する。振り回されているのはこちらの方だ、お前じゃないと苦笑する。
「桜井、以前言っていたよな?代替案を出せば良いんだよな」
「あ、はい?」
「俺はシャワーを浴びてくる、その間にお前飯の支度してろ」
「え?私が食事の支度をですか?」
「そう、飯食ったら遊んでやる」
「えっと」
「だ・か・ら、今日一日お前に付き合ってやるから飯の支度しておけ」
台所を指さすと、さっさと風呂場へ移動する。素直に冷蔵庫を覗き込んで唸っている桜井を見て笑いを堪え切れず、小さく肩を震わせて笑った。
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