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第54話 なぎはらふ
「桜井、そんなにがっつくな」
「なんでそんなに冷静なんですか?」
お前とは年齢が違う、用心深くなるし。後々のことも考えてしまう。けれども決して冷静なわけではない、冷静なふりが上手くなっただけの事だ。こうやって年齢の壁を作ってしまっているのは自分だと承知している。
桜井の表情が曇る、常ににこやかで誰にも不快感を与えないやつだと思っていたのに。その心の機微が手に取るように分かるようになってきた自分自身に驚く。桜井の熱が、想いが細かい裂け目から岩を砕く清水のように心を隠していた固い殻を引き剥がしていく。
桜井は、首筋に顔をうずめるようにして鎖骨の辺りをつと吸い上げた。軽く汗ばんでいるのか、その髪から桜井の匂いがする。ぞくりとした感覚があがってくる。
「羽山さん、優しくしたいのに。できそうにないです」
「好きにしろ」
「どうしてそんなに投げやりなんですか?いつになったら、羽山さんの心が見えるようになりますか?」
優しく問うその声の調子とは違い桜井の手は性急に身体を弄る。その手の動き一つで肌が熱をもつ。気持ちが溢れて、痺れて意識が遠くなりそうだ。投げやりなのではない、自分を保つのに精一杯なのだ。
ひやりとした感覚がして、自分の肌がさらされたことを教えてくれる。昼夜問わず、一年中盛るのは人間くらいのものだと考えながらも桜井の熱に浮かされる。自分もたいした大人ではない。
熱に煽られ、早く早くと急いていることが白日の下に晒されるのが怖い。隠そうにもあまりにも明らかで、そして一度上がってしまった熱は解放してやらなない限りその熱に含まれる毒に侵されてしまう。
「さくらい、苦しい」
押しつぶされるような体制で上手く酸素が取り入れられない肺が音を上げた。深く息が吸い込めないのは、本当にこの窮屈な体制のせいだろうか。
「すみません」
謝罪の言葉は述べるのに一向に開放してくれる気はないようだ。
「脱がせますね」
「いちいち……断らなく、て……い」
桜井のこういうところが苦手だと思いつつも、肌と肌が重なった瞬間に自分がこの瞬間を待ちわびていた事を知る。
仕事が忙しいのは理解している、しかしメールを寄こすだけで電話もしてこない桜井に対していつの間にか予防線を張っていたのだ。お前がいなくても平気だ、連絡が無いくらいでは傷つかないと。
藤倉に相手をただ待つだけの恋愛を強いられていた。そして傷つかない振りをし続けてきた。その癖が抜けない。
求められれば、必要とされていると歓喜する。自分から手を伸ばす事をこの歳になって学ばなくてはならないのは辛い。
「んくっ」
「ゆっくりと、もう少し……」
自分に言い聞かせるように小さい声で桜井が言う。その額から落ちる汗がぽつりと肌の上に落ちた。
「早く!お前が欲しい」
桜井の肩に手をかけるとぐいと引っ張る。そして体でその重みを受け止めた時に安堵のため息ともつかぬ、長い息が漏れた。
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