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第56話 新涼

 ゆらゆらと揺れる波に漂う夢を見た。周りには何もない、自分自身の身体さえ消えて、ただ意識だけで存在している。そんな夢だった。  一気に熱を吐き出した後に、脱力した体はそのまま一旦動くことを止めたらしい。明るい陽射しを感じてはいるが、瞼があがらない。まだ昼間なんだとは分かるが、全てが面倒くさい。風呂から上がったばかりのはずの身体は汗でべたついている。  ぐいと引き寄せられて、自分が桜井の腕の中にしっかりと抱き込まれていることに気がついた。互いの肌の境界性も分からないようにしっかりと合わさり、互いの汗で貼りついている。  桜井の熱に溺れて、自分らしくないことをしたと思う。重たい瞼をようやく開くと、そこに桜井の腕が見えた。ああ、後ろから抱きしめられるように抱え込まれているのだと分かった。いつの間にかベッドの上に移動していた事実に驚く。  「床に押し倒されたのじゃなかったのか……」  ぼそりと呟いた。その言葉に反応したように桜井の身体が少しだけ離れた。  「すみません、無理させて。羽山さんをあのまま寝かせておくわけにいかなくて勝手に運びました」  「そうか……」  呼吸さえも奪われたような時の中で、霞がかかったような記憶しか残っていない。何度も桜井の名前を呼びながら自分が達したことだけは覚えている。与えられる喜びと、そこまで連れて行かれる恐怖とがない交ぜになり、涙がこぼれたと思い出した。  ああ、そういえば桜井も泣いていた。一体あれは何の涙だったのだろう。  「明日まで、こうやっていていいですか?」  「は?冗談じゃない、飢え死にする」  「すみません。いえ、あの、そういう意味じゃないです」  どんな意味だと思うが、桜井は腕を解く気はないようだ。さらに強く抱きしめられる。  「桜井、苦しい」  「あっ!す、すみません」  「お前、何回謝っているんだ」  無理やり人を押し倒したくせに、何度もこちらの様子をうかがうように謝るその姿が妙にかわいく思えて、笑いをこらえられなかった。  「とりあえず、もう一度風呂入ってくる」  「羽山さん、怒ってないですか?」  「何を?」  「いえ、自分を抑えられなくて」  それはこっちだと思うが、すまなそうに見つめられるとどう返していいのかわからない。  「別に怒ってはいない」  ほっとした表情の桜井の腕からするりと抜けだした。今まで自分の肌を覆っていた体温が消えエアコンの風が肌に冷たく当たる。ぶるっと震えると、浴室へと向かった。背中に桜井の視線を感じる。今更、服を着なくてはと思うほど初心ではないが、視線にさらされた背中が熱い。その時なぜか自分が微笑んでいることに気が付いた。

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