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第59話 機微

   「御園、これはどこに置くんだ?」  「さあ、どこに置いたらいい?」  「呆れた、誰の家だよ」  朝から同じ会話のくり返しだ。分からないから適当にやってくれと箱から次々ものを出しては、目の前に並べて置いていく。細かい物の仕分けに至っては、丸投げにされてしまった。御園はせっせと段ボール箱を開けて、出しては箱を潰しての繰り返しだけだ。  「お前の荷物だろう、今までどうやって生活してたんだ?」  「んー、飯は外で済ませるし。下着やシャツは買うだろ。んで、何枚か溜まったらコインランドリーに持っていくか、後は捨てる」  「へ?捨てる?」  「無理なんだよ、そもそも片付けんの。綺麗にしておくには触らない、出さない。後はマメに捨てるだな」  「もったいない……」  「そうか?お前まるで奥さんだな」  けらけらと楽しそうい笑う御園を見ながら、とても穏やかな気持ちでいる自分がいる。  「お前といると気が楽だな」  「何?俺に惚れた?」  「御園、無駄口を叩いている暇があったらとっとと片付けろ」  「はい、はい。お前がいてくれたら片付けも生活も楽だろうな。なあ、家賃要らないからさ俺と一緒に住まない?」  「はあ?」  「いやさ、ここ買っちまったし。部屋余ってるし、恋人逃げられたしで、俺はかわいそうな訳よ。羽山が慰めてくれるなら、ほいほい乗っちゃう、乗っかっちゃうよ。俺上手いよ、試してみる?」  「馬鹿か、朝っぱらから」  「男二人で他に何の話するの?政治?経済?つまんねえよ」  「酔っ払いか、お前」  御園が気を使っていることが、見えてしまう。こうやってくだらない話に終始して、桜井の話を出してこないのは彼なりの思いやりなのだろうか。  「え?俺結構本気で誘ってんだけど?試してみる?」  「いや無理だろそれ、俺は友達とは寝ない」  「いい考えだと思ったんだけれどなあ、気が向いたらいつでも声かけてよ。俺もうしばらく空き家続きそうだからさ」  あらかたの段ボールはまめに開けては潰していく御園のおかげで部屋から消えていった。しかし、その箱から出された本、衣類、生活用品が床じゅうに散らばってしまっている。マンションの壁面収納の棚も次々と埋まっていくが、このままでは御園は爪切りひとつ見つけることはできないだろう。  「なんでお前引っ越し業者に依頼しなかったんだよ」  「ん?見たくないものがどこに入っているかわからなくてさ、業者の立ち合いのもとで開けるのが怖かったんだよ。お前がいてくれてよかった」  「え?」  「俺だって結構傷つきやすいんだぞ、鉄面皮だと思ってたのか?」  また御園が声を上げて笑った、けれどその笑いは楽しそうではなく乾燥していて尖っていた。その声が薄い皮膚を切り裂いて御園に血を流させているように見えた。ふと気が付くと、梱包が解かれ、中身の出されていない段ボールが一つ御園の近くに転がっていた。恋人だった男の荷物なのだろうか。  「それか?俺が処分してやろうか?」  「……いや、いい」  それだけ言うと御園はその段ボールをガムテープで止めるとキッチンの棚の一番上にしまった。

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