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第60話 秋意
「あー、疲れた」
右手で左の手首を掴みぐっと引っ張り御園は伸びをした。昼は簡単にコンビニの弁当で済ませて後は黙々と仕分けをしていたのだから疲れるのも当然だ。立ち上がると腰が固まっていたのか少し痛い。
「朝から休みなく片付けていたからな」
「もう今日はこのくらいにしておかないか?」
「今日はって、また呼びつけるつもりか?俺は来ないぞ。出来るだけ今日片づけていくから、後はお前が少しずつやればいい」
「出来るだけねえ……」
あたりを見渡して、御園がため息をついた。確かに、この荷物をどこかに収めるには家具が足りない。頼んでいる家具が届くまでは積み上げて置いておくしかない。そしてまだ寝室に至っては手を付けてさえいない。御園が寝ていた布団は部屋の隅に巻き寿司よろしくまるまっている。
「せめて寝られるようにだけはするか、先に寝室を片付けるべきだったな」
「それが、問題があってさ」
御園によると、ベッドのリネン類は全て捨てたのだと言う。残っているのは客用の布団が二組、一つは今御園が今使っているやつだ。それをベッドに乗せたとしても、キングサイズのベッドには寸足らずの寝具になる。
「じゃあ、寝室で寝るのはしばらく無理だな」
「え?このままじゃ、リビングで寝るのも無理だろ」
そう言われてよく見ると、季節ごとに分けた服やまだ洗ってもいない食器類が床に置かれている。
「確かに……」
「なあ、もう疲れた。シーツと布団を買いに出ようぜ」
きっと外に出る言い訳が欲しかったのだろう、御園は嬉しそうにジャケットを羽織る。ほらほらと促されて、仕方なく立ち上がる。少し疲れた、一休みするのもいいかもしれない。携帯を手にし、ちらりと画面を確認した。何も連絡があるはず無いのに。
「車回してくるから下で待ってて」
エレベーターを降り、エントランスの外に出る。ふわりと吹いてきた風が秋の気配を告げている。見上げると空の高さがその色が、季節が変わったと告げている。
そう言えば、もう夏も終わったんだと改めて考える。
「お待たせ、何たそがれてんの?」
黒いセダンが近づいてきて、開いた助手席の窓から御園が揶揄うように声をかけてきた。
「は?誰が黄昏てるって?」
「いやいや、まだまだ現役だよな。さ、乗って」
「都内なら電車の方が楽だろうに」
「だれが都内の混雑したところに行くって言った。郊外の大型店舗だよ、今日は夜までいいだろ?」
その瞬間に桜井の事を思い出した。「待ってます」という申し出は断った。約束はしたくないと言った自分の言葉に少し傷ついたような顔をしていたが、「わかりました」と答えていた。だから気にすることはない、ないはずだが気になる。
「あ、うん。まあ、そうだな」
助手席に滑り込むと、シートベルトを付けるふりをして視線を逸らした。
「なんだ、また桜井か?お前の歯切れの悪い時って何か裏にあるよな」
御園にまで見透かされている。年を食っても決して狡猾に生きるなど自分にはできないのだろう。
「いや、別にそんなことないけど」
「やめとけよ、あいつは駄目だ。解っているんだろう?」
「別にそんな関係じゃない」
「セフレなら止めない。前も言ったろ、お前割り切れる性格じゃないだろう」
「……」
「携帯貸せよ」
「え?」
「今日は携帯俺が預かる、電源切らせてもらうぞ」
「なんで……」
「お前、桜井のこと気になって仕方ないって顔している。余計な事言い出して悪かった。今日は友情優先ってことでどうだ?」
御園が気にかけてくれるのは分かる。こういうやつを好きになれば、苦労もしない。なのになぜ面倒な相手を引き当てるのが得意なのだろう。
「ありがとう、大丈夫だよ。もう考えないから」
「そうか、悪かったな。余計なお世話だよな。お前ほっとけないとこあるからなあ。友情ってか、惚れた弱みってことにしておくか」
「おや御園に惚れてもらったの?危ない、危ない。気を付けておかないと、食われちまう」
冗談めかして、おどけて答える。
「なあ、羽山……俺と付き合ってみないか?」
「はあぁ?ないだろ、俺とお前だぞ」
「だからだよ。俺とお前だからだ。もう疲れる恋愛はうんざりだ、俺は落ち着いた日々が欲しい。お前だってそうだろ?」
車から降りるべきだと思った瞬間に車は速度を上げて走り出した。
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