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第61話 虚空
「なあ、これどう思う?そろそろ寒くなるしさ、肌触りのいいやつが良いかなと思ってさ」
「眠れればそれで十分だと思うけど」
「お前ってさ見かけに反して、驚くくらいにこだわりってのが無いな」
見かけがどうのと言われても、自分がどう見えているのかなんて分からない。受け取った本人、相手の頭の中まで分かるはずがない。
「ところで御園、お前は一体何セット買うつもり?」
同じボックスシーツが五枚、ベッドパットが三枚と次々と大きいカートに放り込まれていく。薄い肌掛けも同じものを二枚入れていた。
「んー、汚れたら替えたいだろ。で、洗濯はマメにできない。と、なると必然的にこうなる」
「シーツはともかく、掛け布団同じものが二枚もいるのか?」
「二人で寝るときさ、俺が布団はぎ取ってしまうらしいんだよね。お前に風邪ひかせるの嫌じゃん?」
「はあっ?」
「冗談、冗談!でも足りないより、いいだろう?」
「良いのか悪いのか、俺に確認するなよ」
「一緒に寝具を選ぶ仲なのに?」
そう言って御園はにやにやと笑う。ここで変に嫌がると余計に面倒だから「はいはい」といなしておく。
「なあ、今晩は桜井と会う約束でもあったのか?」
「え?何で」
「さっきからポケットに何度も触れてる、携帯入ってるだろ」
言われて初めて自分がポケットの携帯を見ることはなくても、確認するように触っていたことに気が付いた。
「いや、ないが……」
「相変わらずだな、お前らしいといえばそうなんだけど。見てらんねえ」
「どういう意味だ」
「俺はみっともなくても這いずり回って、自分が納得するまでは足掻く。お前みたいに、良い人のふりはしない」
「良い人のふりって……」
「そうだろ、常に自分が退けばいい。自分がいなければって考えるなら、恋愛なんてできない。見ていて苦しいよ。もっと身勝手になって良いんだよ」
話をしながら、御園は枕を二つカートに放り込んだ。
「身勝手だよ、俺は十分」
「そうか?あ、そこの枕カバー取って。ありがとう。じゃあ前のやつと別れた時、どうだったんだよ。あ、それも、そのタオルも取って」
買い物をしているのか人の恋愛を揶揄しているのか分からない会話が続く。
「タオルってこれか?まあ、俺が身を退いた形にはなっているかな」
「だろ?たまにはわがままな恋愛もしてみりゃいいのに。そのタオル、紺色と金色のどっちの刺繍がいい?」
「どっちでも、紺かな?」
「どっちでもって?」
「タオルの話じゃないのか?もう俺の話は十分だ!」
「確かに何の話をしているのか分からなくなったな。リネン類はこんなもんで十分だろ、帰るか。そろそろ飯食いに行かなきゃ、腹減ったし。美味い串揚げの店がある、少し飲もう」
いったん帰って近くの店に連れて行かれると思っていた。ところが御園は高速を逆方向に走り出した。
「どこ行くつもりだ?」
「ああ、俺の全て奢りだから気にするな」
「飲むっていってたろ、どこへ向かうんだ?」
桜井に結局電話もできず連絡も来ないまま、時間だけが過ぎている。
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