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第62話 たゆたう
「お前どこに行くつもりだ?」
「あーー、少しドライブ。気晴らししてから帰ろう。お前に一日中あの部屋で荷物と戦わせて、悪かったなとは思っているんだが」
「まあ、手伝うと言ったのは俺だし」
御園はにやりと笑うと標識を指さした、見てみろと言うことなのだろう。
「横浜?お前横浜にいくつもりか?」
「楽しみにしてろ、俺のおすすめスポットだ」
何で御園と出かけなきゃいけないのか分からないが、とりあえず黙って車の中に居ても気を遣う相手ではないと分かった。今日、御園に言われたことを考えながら、車窓に流れる景色を見ていた。ちらりとこちらを見る視線は感じたが、何を言うでもなくそのまま黙って御園は車を走らせた。
「……?」
「目、覚めたか?」
いつの間にか眠ってしまっていたらしい。すっかり陽が落ちて、空気が夜の冷たい湿度を含んだものに変わっていた。
「ここどこ?」
「降りてみろよ、綺麗だぞ」
「住宅街?」
「ここから少し歩くから、ほら」
御園は車から降りると助手席のドアを開き、手を差し伸べてきた。その手に気が付かないふりをして降りる。少し歩くと小さな公園に出た。ベンチのある高台の公園からは、フェンス越しに製油所の工場夜景が目前に広がっている。他に誰もいない、住宅街の奥にあるその場所は静かで、まるで不思議な世界に足を踏み入れたようだった。工場の手前には湾岸線があり、往来する車のが光の川のように流れている。
「綺麗だな」
「だろ?俺が口説くときに使う場所なんだが」
また真意の分からない冗談のような言葉が御園の口から出る。
「お前に口説かれる理由がない」
「選択肢を増やしてやったんだよ。お前、もう少し気楽に考えろよ」
「選択肢って」
「世の中もっと広いぞ、お前の世界はいつも小さくて一人しかそこに入れない。最初にお前に会った時のこと覚えているか?」
いつだっただろう。大昔だ、御園は当時から自分の性癖をオープンにしていた。男性の恋人がいると公言していた。羨ましいと思いつつも、自分にはできない事だと遠巻きに見ていたはずだった。
それなのに突然、声をかけられたのだ。「お前の恋愛対象ってさ、男なの?」あまりの衝撃に一瞬言葉を失った。
「ああ、あの時は心臓が飛び出すかと思ったよ。誰にもバレていないはずだったのに」
「仕方ないだろ、綺麗な男だなと思ってお前の事いつも見てたからなあ。女性からの距離の取り方や反応見てりゃすぐわかるよ」
ついこの間のような気もするが、大昔のような気もする。誰も知らないはずの秘密がほとんど知らない相手にばれていた驚きで身動きが取れなかったのは覚えている。
「なぜ突然、ああやって声をかけられたのか覚えていないんだが」
「チャンスか?と思ったからなあ。ちょうど当時の恋人と別れて、他を探してた時に目の前に綺麗な魚が釣ってくれと言わんばかりの様子で泳いでたからさ」
「魚って……そんなに俺は物欲しそうに見えたってことだな」
「いや、達観してて、もう誰にもかかわりませんと高い壁作ってたよ」
「……そ、うか」
「誰か手を差し伸べてやれよ。あ!俺でもいいのかと思ったから、即行動に移しただけ」
「そうだったのか?口説かれはしなかったと思うが」
「飲みに誘ったら、前の男の話だろ。あれで口説くチャンスなくしたよ。その男のことでお前いっぱいいっぱいだったからさ」
「そうだったのか、いや誰にも相談できないことを相談できる相手が出来て嬉しかったんだと思うよ」
「良い人を演じ過ぎたと思っているうちに、俺が若い子に落とされて。そのうちに桜井が出てくるし、ああこいつが羽山に手を差し伸べてやるやつなのかなと思ったんだよね。あいつの家庭の事情を知るまでは」
「え?」
「俺の下についてた時にお前のこと根掘り葉掘り聞いてきたんだよ。同期ですよねって言いながら」
「その……なんて?」
「おや?気になる?俺のことが?それとも桜井の事が?」
ポケットの上から携帯にそっと触れた。今日の約束を反故にしたのは自分なのに結局、桜井の事を考えている。御園は様子をうかがうように見ると面白そうに笑った。そして近寄ると耳元で囁いた。
「なあ、キスしようか?」
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