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第63話 白露

   「は、何を言い出すんだか」  「そうか?そんな雰囲気だろ今、綺麗な夜景を前にお前と俺と二人。違うか?」  「馬鹿だな、お前が勝手に連れて来たんだろう」  そう言って笑った瞬間だった、距離を一歩縮めた御園の腕の中に囲い込まれてしまった。まるで息をするような自然な動きだった。気が付いた時はしっかりと抱き留められていて、思わず顔を逸らした。その耳元に御園のいつもより抑えた声がする。  「羽山、お前は隙だらけだな。こんなに簡単に付け入られるような状態にお前をしておく、そんな相手が悪いよな」  「離せ」  「ちゃんと相手は選べよ、もうガキみたいな恋愛は懲りたんじゃなかったのか?」  あえて桜井の名前は出さない。言葉の裏に隠れている真意が読めず困惑する。確かに御園に言われるように、子供じみた恋愛はもう懲りたはず。けれど、これは違う。  「お前は俺の友人だろう」  「兼任してやるよ、それも」  「らしくない、やめておけよ」  らしくない。そうだ御園らしくないのだ行動が。もしかして、問題は違うところにあるのかもしれない。  「らしくない……か?」  「ああ、お前らしくない。何かあったのか?」  「そうかも知れないな……」  「え?」  「さて、帰るか。飯を奢る約束したしな」  車まで戻る道、御園は何も言わない。だから何も聞かなかった。何かあったとしても踏み込んで良い距離にはいない。御園は何かを焦っているようなそんな気がした、だとしても自分が部外者であることには変わりない。考え事をしながら歩いていると、御園が突然立ち止まった。その背中にとんとぶつかり、バランスを崩しそうになる。  「羽山、携帯鳴ってるぞ。あんだけ気にしておいて、実際に連絡があったら無視するのか?」  御園に笑われて、その存在を思い出した。自分のポケットの中で自己主張していた携帯電話に手を伸ばした。  「はい」  『やはり迎えに行きます、御園さんのご自宅はどちらですか?』    「いや……」  『どちらですか?』  「ちょっと出かけているから、今日は遅くなりそうだ。また今度……」  『ああっ、もう。余裕のあるふりなんてするんじゃなかった。どこですか?すぐに行きます』  「都内じゃない……」  『御園さんそこにいらっしゃいますか、代わっていただけませんか?』  「いや、それは」  『代わってください』  仕方なく、携帯を御園の方に差し出した。  「なに?」  「桜井が代われって」  御園はふっと笑うと、携帯を受け取った。  「もしもし、そうだが……いや、違うよ。一時間半かな?……分かった、分かったって」  御園は通話を終えると、切れた携帯をこちらに戻してきた。  「羽山、飯の約束はまた今度な。送って行くよ、ものすごい剣幕で怒鳴られた。家に帰せなのか、自分ものだから返せなのか分かんねえな、あいつ。お前、どうする?」  くくく、と楽しそうに御園が笑う。  「何を笑ってんだ」  「お前やっぱりガキと恋愛してるんだな、少し羨ましいかもしれん。さっき気が付かないふりしてやりゃ良かった。今日このままの流れだったら落とせる自信あったんだがな、惜しいことした」  「馬鹿か」  「そうか?少しくらいは揺れたと言えよ、友達だろ」  「お前はいい男だよ」  「悪い男でいいから、惚れて欲しいよ」  「いや、お前は俺にはもったいないくらいの友人だよ」  「そうか?友達か、なあもしも……まあ、今は止めとくか」  ふと気が付くと、桜井とこれから会う事になってしまったという事実がそこにある。確かに互いが会える時には会えばいいとは言った。電話で会えないと最初に断らなかった、会いたかったのは桜井なのだろうか、それとも自分なのだろうか。

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