御園の車がアパートの下に着いたのと同時にドアが外から開かれて、桜井に腕を掴まれた。ぐいと引かれて引っぱりだすようにして車から降ろされた。その様子を見て、可笑しくてたまらないと言うように御園が笑いながら手を振って帰って行った。 　「おい、危ないから」 　そう咎めたが、桜井は手をしっかりと握ったまま無言で部屋までずんずんと歩く。今日は会う約束もしていないし、こんな扱いを受ける覚えはない。 　「痛い、手を離せ」 　「すみません、でも腹が立ってしまって。どうしてですか？」 　陰りのない目をしている。後ろめたいところは無いのに、その目で真っすぐに見つめられると視線を外してしまう。まるで悪いことをしていたみたいだ。 　「何が」 　「嫌なのです、他の男と二人きりなんて｣ 　「他の男って……友達の｣ 　「知っています、けれど私は嫌です。物分かりの良いふりは私にはやはりできません」 　「どの口が言う？お前、婚約してるんだってな」と怒鳴りそうになって気が付いた。桜井に当てつけようとして、御園との距離を利用していたのかもしれないということに。御園はその不安定さに気づいていたのだろうか。 　あまりにも自分らしくない行動に自分自身で呆れた。桜井に腹いせで、見せつけるような形で御園を利用したのかと頭が痛くなる。 　桜井に確認するのが最優先だと思う、それとは同時にもう大人なのだから愛だの恋だの青臭いことを言うのは止めておこうとも思う。こんな若造相手に真剣になっても仕方ないと諦めていたはずが、実際には心中穏やかではなかったのだ。 　「……悪かった」 　「え？」 　勢いついてまるで噛みつくように話していた桜井が一瞬驚いたような顔をした。 　「いえ、その。羽山さんを責めているわけじゃなくて」 　急に桜井の言葉が歯切れ悪くなった。 　「嫌な思いをさせて悪かった」 　「あー、そんなことを言わせたいわけじゃないんです」 　桜井はがしがしと頭を掻くと、真剣な顔をしてこちらを向いた。 　「羽山さん、何があったのですか？私には見えないその場所に隠してある気持ちを教えてください」 　「は？何を……」 　「これ以上、みっともない嫉妬をするのは嫌です。連絡を待つのも嫌です。全部独り占めしたいのです、子供っぽいと言われても構いません。毎日でも会いたいのですから」 　「……」 　「ですから、そうやって私の前でまで壁を作らないでください。同じ場所で一緒に笑いたいし、対等に喧嘩だってしてみたいんです」 　「お前は……」 　聞きたいのは婚約者はどうするのかという事だ。けれども言えない、言おうとする度に心臓が痛くなり、呼吸が止まりそうになる。 　「はい」 　「お前には……お前は十年後どうなりたい」 　「十年後ですか？……考えたこともありませんでした」 　「そうだよな、お前は俺達とは違う」 　「違いません、俺達って……誰の事ですか？」 　「お前が……お前が婚約しているなんて聞いてない！」 　堰を切ったように言葉が出た、その言葉に驚いたような顔をした桜井がいた。