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第65話 憂秋
「御園さんですか?」
「御園は関係ない、お前の話だ」
「その話は何れするつもりでした」
やっと言えた、そして言えた途端、自分が惨めで仕方なくなった。こんな恋愛は二度としないと誓ったはずなのに。
「約束されたその道を進んで外れる必要は無い」
冷静に考えると一生だとか将来だとか言う方がおかしいのだ。もともと生産性のない関係で、認められるはずもないのだから。
「今、何を言っても言い訳にしか聞こえませんね。でも、信じてください」
「何を?一体誰を?」
「全て片が付いてから話すつもりでした。隠そうとしていたんじゃありません」
「……もうじき四十になる男がこんなことで振り回されるなんて滑稽だな。お前も一度冷静になれば違うものも見えてくるだろう」
「それって……どういう事ですか?まさか羽山さんが……」
「何度か寝たくらいで……」
投げつけるように吐きかけた言葉は、桜井によって封じられてしまった。下唇が少し切れて滲んだ血の味がする。飢えた子どもが食べ物を貪るように食らいつくされる。
「嬉しいです。妬いてもらえるなんて思ってもいませんでした」
「いつ、俺が妬いたって」
「こっちを見て答えてください。私が婚約していると知って腹ただしかったのですよね」
ちらりと目を向けると、桜井は今にも泣きそうな顔をしてるのに笑っている。そしてその表情に自分が歓喜しているということを知り、慌てて視線を逸らした。その時、肩口を強く噛まれその痛みに声が出た。
「いっ……」
「羽山さん、御園さんに何もされていませんか?」
「は?何を」
「私、多分羽山さんが思っている以上に嫉妬深いですよ。絶対に放しませんから」
素直に向けられた欲望に、自分を渇望している目の前の若い男に欲情する。
「桜井、退け」
「嫌です。私の事をどう思っているのかもっと素直に聞かせてください」
「……何もない」
顔を抑えられ目を逸らすこともできなくなる。
「羽山さん、やっとこっちを真っすぐ見てくれましたね。これで終わるのかと怖かった」
「終わるも何も始まっていない」
誰かのものだの、誰かを独占するだの、そういう恋愛はもう懲り懲りだと思っているのに。
「諦めてください、羽山さんの視線さえ誰にも与えて欲しくありません」
可笑しくなるほど一途な告白に、口では嫌だといいながらも素直に喜んでいる自分がいた。そんな自分の気持ちを知られたくないという思いと、知って欲しいと言う思い複雑にまじりあい何も答えられなくなってしまった。
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