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第70話 釣瓶落とし

 「ここは?」  「私のマンションです、正確には父所有の物件ですが。御園さんもどうぞ、ご一緒にお願いします」  この二人が旧知の仲だと言うのは知ってはいるが、奇妙な取り合わせだと思う。  「桜井、なぜ俺まで呼んだのか説明してもらえるのかな」  御園の質問には直接答えずに、桜井が話し始めた。  「父に婚約を解消して欲しいと申し出ました、他に好きな人がいると」  揶揄するように「ヒュー」と口笛を吹いた御園を視線で制する。  「それで」  先を促すと、以前から息子の行き先を告げない外出を不審に思ってた桜井の父親が、身辺調査をしていたと告げれた。その結果が今朝、社長室で見たテーブル上の写真だと知る。  「見せられた写真の中に、御園さん、あなたの写真がありました。疑っているわけではないのです、ただどうしても得心がいかない」  あの写真をあの場所で見ていたのは桜井だったのだ。そうか、桜井か。  「羽山さん、本当のことを教えてください。御園さんのことをどうお考えですか?」  「お前、わざわざ俺を連れて来て、羽山にそれ聞くのか?どういうつもりだか」  御園のぞんざいな物言いに顔を顰めることもせず、そちらに目を向けることもなくこちらを見据えて問うてくる。  「外でこんな話をするわけにはいきません。ですからここまで御足労頂きました。羽山さん、今ここで御園さんと私の前できちんと聞かせてください」  「ちょっと待て、お前の一番の問題はそれなのか?」  社長から写真を見せられ詰め寄られたはずだ、婚約解消の申し出の理由も問われたはず。なのに一番の問題は自分と御園の関係だと言う。  「他に何があります?今日一日、そのことばかりを考えて仕事に身が入りませんでした」  いや、親に男が好きだと伝えておいて何も言われないはずはない。それなのにそこは問題ではないと言うのか。  「御園は友達だ」  「友達ね、まあ今のところはそうだな」  「御園、話がややこしくなる。余計な茶々を入れるな」  「御園さんは、どうですか?羽山さんの事をどう思っていらっしゃるのですか?」  「え、それ言って欲しいの?」  「はい、お願いします」  「そうか、……そうだね。俺の気持ちでいいんだよな」  「はい、御園さんの気持ちで」  「……思っていたより、俺は羽山の事が気になっているらしい。そのことにたった今気がついたよ。友達だという、ストッパーを外したのは、言っておくがお前だからな」  「放っておいてもいつかはそうなりましたよね。父に一時の気の迷いだ、片を付けてこいと。三カ月だけやると言われました。けれど、羽山さんに関してだけは、私は絶対に退きません。お二人の異動の件も納得していません」  「異動って、海外に転勤させるという話か?お前、今、お二人って……」  その時、御園が驚いた声を上げた。    「ちょっとまて、三か月後にしばらく渡米できるかと、打診が来たのはそれか?帰国したばかりで何が起きたのかと思っていたら」  「私は納得していませんし、会社が私情で動いて良いはずがないのです。羽山さん、断ってください。御園さんもです、こんな理不尽な話」  「別に俺は、問題ないよ。社会人だから会社が行けと言うのなら行く。それにあちらでの生活にももう慣れているしね。羽山と一緒ってのも良いね」  「羽山さん、断ってくださいますよね」  「なあ、桜井。今更、この年で転職なんて考えていないんだ」  「それって……お二人とも受けるつもりなのですか?二人一緒に?それでは、あの人の描いた通りだ」  驚いた桜井の大きく見開いた目に映るくたびれた自分の姿を見ていた、お前にはどう見えているのだろうか。  

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