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第74話 十返り

 「決めかねている」  「何を?」  「いや、ただ決めかねているだけだ」  「まったくお前はなかなか本心を見せないよな、桜井もこんな面倒な男のどこがいいんだか」 面倒だと言う御園に「だったらお前も構わなければいい」と思う。  「ああ、その顔。どこがいいのかって言ったのがの引っかかるか?俺はお前の素直に顔に出るところがいい、嘘がない。そして俺ならお前と上手くやっていける自信がある。そういう事だ。それでもお前はあいつがいいんだろう?」  確かに御園だったら楽だろう、選択肢を与えずどうするのか決めてくれる。嫌だと言えばすぐに退く。桜井は違う、どうしたいのか言えと、何が欲しいのか求めろと言う。そのくせに納得しないと食い下がる。  「お前だったら楽なんだろうな……」  「あ、俺今、軽く傷ついたぞ。恋愛対象にはならないってことか?」  「馬鹿か、違うだろう」  「そうか?で、お前はこの先どうしたいんだ?俺を選ぶってのもありだぞ」  「お前を選ぶ?何を言っているんだ」  「一番都合のいい相手だろう。かなり優良物件だと思っているんだが」  「条件優先で付き合えるなら、苦労はしない。そもそも、この先どうするのが最善か分かっていたら、俺の答えはとうに出ているはずだ」  「あいつの答えは決まっていたがな。まあとりあえず飲め、話はそれからだ」  したたか飲んだ、いや飲まされた。まだ週中、明日も会社だと言うのにこの酒量はまずいと思うほどにだった。  「羽山、最期は誰と一緒にいたい?」「なあ、この世の中の誰でもいいから、この先を共に過ごせるとしたら誰がいい?」「桜井の……」飲みながら何度も同じ質問を違う言い方で聞かれた気がする。最後の方は何を聞かれたのかさえ定かではない。  「そう?なら一度くらい素直になってみてもいいんじゃねえか?」  「ん、あ?何が?」  「だから、さっきお前言ったろ?桜井なんだろう?」  「なんのはなし?」  「一番欲しいものに今度こそ手を伸ばせよ」  「……」  「いい加減、同じことを繰り返すのは止めろよ。お前、また同じことするつもりか。身を退くとか、相手のためだとか、馬鹿馬鹿しい。相手がお前がいいって言ってるんだろ?」  「さくらいが?」  「そう、その桜井だ。あー、お人好しだな俺も、自分で嫌になる」  「だれが、お人好し?」  「違う、酔っ払いめ。そろそろ心配しているあいつに連絡してやるか。お前の携帯借りるぞ。くはっ!やっぱりな、この着信の数」  そういえば携帯を全く気にしていなかったと思う。取り上げられた携帯の画面を見て御園が笑いだす。その顔がぼやけて見える。まずい、飲み過ぎた。  「もしもし、ああ。そう、大丈夫だから。つべこべ言わずに、迎えに来い。はす向かいの居酒屋だ。別にどうもしない、すぐに来ないと連れて帰るぞ」  「さくらい?」  「今に血相を変えて来るだろうよ」  くくっと面白そうにまた御園が笑う。  「ああ、そうだ。お前を誘うと断りを入れたのは本当だが、桜井の承認はもらってない。後は二人で話し合え。俺は帰る、余計なとばっちりは御免だ。ここの支払いはあいつにつけておくぞ。そのくらい安いもんだろ」  御園が「じゃあな」と帰っていくのと入れ違いで、桜井が店に入ってきたのが見えた。なぜあいつは息を切らしているのだろう。

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