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第75話 帰り花
「羽山さんっ!」
テーブルに手をつき立ち上がろうとした時に、ぐらりと揺れて倒れそうになる。ぼんやりと危ないとは思ったが、身体がついて行かない。ああ、これは派手に転ぶだろうと思ったが、床もテーブルも迫ってはこなかった。
「さくらい?」
「まったく、足元もおぼつかないくらい飲んだのですか?帰りますよ」
体は桜井の腕に抱えられるようにして中途半端な位置で止まっていた。桜井の語気が強い。
「お前、何か怒っているのか?」
「当たり前です。なぜ御園さんから電話をもらわなくてはならなかったのか、理解できません」
「……ん?あ、そういえば御園は?」
「知りません。とりあえず帰りましょう」
マンションまでどうやって歩いたのかよく覚えていない。玄関で靴を脱ぐように言われていつの間にか自分が靴を履いていることに気が付いたくらいだ。
「水、持ってきますから。そこ座っててください」
「お前、怒っているのか?」
「とりあえず、この水飲んでください。怒っているかですって?もちろん怒って、呆れています。他の男とこんなになるまで飲むなんてあり得ない。それも相手はあの御園さんだ、他の男と食事に行くのさえ嫌なのに」
「そこが、お前の怒っているポイントなのか?」
グラスについた水滴を見ながら、ぼんやりと桜井の話を聞く。社会人としてあり得ないと言う説教をくらうのかと思っていたのが、桜井の怒りの矛先が御園だったとは。そういえば、御園はなぜあんなに何度も同じような質問をしていたのだろうと思い返していた。
「別に何も起こるはずないだろう」
「羽山さんは、楽な方へ流されていきやすいんですよ。だから心配なんです、面倒だから私とは別れたいとか思っていませんか?冗談じゃない」
「面倒って……そこじゃないだろう。お前の将来のことを」
「私の将来を考えてくださるのなら、そこ将来にご自分を必ずカウントしてください。今更何を言い出すのですか」
「よくわからないんだが……」
「御園さんには言いましたよ、羽山さんがご自分で御園さんを選ぶことはありませんから遠慮してくださいと」
「御園はなんて?」
「そこが気になるのですか?本当に腹の立つ人だ」
「いや、今日……御園に」
「なんですか?告白でもされましたか?」
「違う、そうじゃなくて」
その時、携帯が鳴った。添付ファイルのついた御園からのメールだった。
「貸してくださいその携帯、暗証番号は何ですか?」
携帯のロックを解除し、連絡先を確認すると電話をかけ始めた。相手は御園だろう。
「もしもし、御園さん?ご心配には及びませんから、放っておいてください。……え?メールですか?何を?……はい、わかりました」
電話を切ると、桜井は携帯のメールを確認しているようだ。そして、黙って携帯を耳に当てて何かを聞いている。
「……羽山さん、これ……」
「なに?」
「これ、本当ですか?」
いきなり抱きしめられ、何を言われているのか分からない。
「まずい、私どうしたらいいですか。嬉しすぎて、泣きそうです」
「さくらい?何を言ってるんだ?」
「御園さん、良い人ですね」
そして携帯の添付の音声ファイルを聞かされた、人生でこんなに恥ずかしかった瞬間は今までない。御園から送られてきた添付音声ファイルには「他には何もいらない、桜井じゃなきゃ駄目なんだ。桜井がいい」と何度も繰り返している自分の声が入っていた。
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