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第76話 一葉落ちて

 「いっ……つ」  頭が割れるように痛い。こんなひどい二日酔いになったのは、何年ぶりだろう。頭を押さえて起き上がると、桜井が薬をもってにこやかにやってくるのが見えた。  「羽山さん、今日は休まれてはいかがですか?まだアルコールが抜けてませんよね」  「何をお前は嬉しそうに……シャワー借りる」  「あ、バスタオルこれどうぞ。それとこれも」  真新しい下着とシャツを手渡される。  「え?」  「あ、私のですが、未使用ですから大丈夫ですよ」  「シャツ、お前と俺とじゃ腕の長さが違う」  「首回りは同じですよね?なんとかなりますよ、多少袖が長いくらい」  すっと首に手を伸ばされて、身体がびくっと後ろに下がった。  「あの、別にとびかかったりしませんから、逃げないでくださいね」  桜井の機嫌がいいのは、昨日の御園からのメールのためだと思い出した。あいつが会話を録音していたとは思いもしなかった。  「二日酔いなんかで休むつもりはない。ここからだと三十分もかからないしな。ぎりぎりに出る」  「引っ越しということで今日と明日は休みをもらってあるのですが、羽山さんも明日休みませんか?有給全く消化されていませんよね。明日一緒に、羽山さんの荷物をここに移動したいですし」  「ちょっと待て、誰が一緒に暮らすと言った?」  「え?昨日のあの流れはそうですよね。業者に頼んでもいいのですが、どうしますか?」  「話が飛躍しすぎている、無理だ」  御園の余計なおせっかいの所為ですっかり桜井はその気になっている。どう考えても無理だろう。そもそもここは桜井の父親の所有するマンションだ。そこに一緒に住めというのか。桜井は自分の父親から言われたことを理解しているのだろうか。  「何が無理なんですか?放っておくと羽山さん他の男のところへふらふらと行きそうですし、”そもそもお前とは付き合っていない”などと言いそうですから」  「なんだ、それ俺の真似か?そんな言い方はしない」  「してますよ、こんな難しい顔して」  桜井がふざけて眉根を寄せてみせる。  「お前は……片を付けろと親に言われたはずだ。お前の行為はその命令から逸脱している」  「別れろと言われていませんし、何かをしろと命令された覚えもありません。これは私自身の選択ですし、単なる親との根競べだと思っています。どちらが先に折れるかです」  「……シャワー浴びて出る。それと明日、休むこともしない。荷物もここへは移動しない」  「やっぱり頑固ですね。まあ、仕方ないです。惚れた弱みですから。帰って来てから話をしましょう。まだ話の途中ですから、今日はこちらへお願いします」  途中と言われればそうだろうが、今日の夜も自宅に帰れないのかと落ち着かない。  「あ、そうだ。羽山さんのスーツ取ってきますから鍵貸してください。さすがに三日も同じじゃ嫌ですよね」  これ以上ここで話をしている時間はないし、話が終わっていないのも事実だ。こちらに手を差し出して真っ直ぐ見つめている桜井に、ポケットから鍵を取り出し渡した。  こいつは今までの相手とは勝手が違う。別れるという一択しかないと思っていたのに、そのこと自体が間違っていると桜井は譲らないのだ。  「分かった。今日はここへ話をするために一旦は来る。だが、一緒には暮らさない。明日は帰る」  受け取った真新しい下着とシャツを手に持つと浴室へと移動した。

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