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第77話 小春日和

 「あれ、出社してんの?」  昼休みになると御園がにやにやと笑いながらやってきた。  「お前、昨日のあれはなんだ」  「感謝してほしいところだ、自己犠牲っての?似つかわしくないことしちまった。俺と同じ思いをお前たちにさせたくなかった……なーんてな、結局カッコつけたはいいけど。逃がした魚は大きいよなあ。もう一回釣り上げる方法っての無いか?」  「馬鹿か」  「相変わらずばっさりと切り捨てるな、お前。あいつも苦労するはずだ。で、飯行かないか?」  「胃がむかむかする、何か口に入れたらそのまま返却しそうだ」  「そりゃ悪いことしたな。少し何か温かいものを飲むくらいならいいだろう?付き合えよ、少し多めに水分撮らなきゃアルコール抜けないぞ」  「そうだな……そうするか」  昼休みをデスクに突っ伏して過ごしても仕方がない、御園と外に出ることにして重い腰を上げた。  「羽山、少し歩いて中華粥食べに行こう」  「うーん、それなら何とかなるかな?無理だったらお茶だけにすればいいか……」  「日差しが柔らかいな」  「ああ、今日は暖かいな。小春日和ってやつか」  「春か……春ねえ?」  「ん?小春日和っ言ったんだぞ?季節はもうじきに冬だろ」  「いや、俺の季節は常に極寒よ。いつになったら雪が解けて、花の咲く春になるのやらと思ってさ。桜井みたいに年中頭ん中が春なら幸せだろうけどな」  「あいつは、あいつなりに、苦労している、とは思うんだが」  「え、何?俺は今、惚気られているのか?本当に貧乏くじ引いたな。あいつのところに泊まらなきゃ良かった。あいつと話しをしているうちに、変な仏心を起こしてしまったからな。あいつは、真剣にお前との未来を夢見ているんだろうなって」  「御園……何の話をしたのか聞いていいか?」  「気になるか?残念ながら、大半はお前の話じゃないよ。あいつ、羽山さん可愛いですとかとぼけたことぬかしやがるから、からかってやったら、御園さんはどうなのですか?ってひたすら俺の愚痴聞いてくれてさ」  「お前が桜井に愚痴ったのか?意外だな」  「だろ?で、そうですか、辛かったですね、と言われたところで結構な話を知らず知らずに桜井にしちまったことに気が付いて焦ったよね。でも、あの目を見てたら余計な心配はいらないと思ってさ。そして、こいつには幸せになって欲しいなと一番俺らしくないことを考えてしまったわけだ」  あまりにも桜井らしくてふと頬が緩む。あいつは自分のことにも、他人(ひと)のことにも全力で、真正面からぶつかる。そんな男なのだ。  父親に言われたことも真剣に聞いて、考えてからの結論なのだろう。あいつのそんなところに惹かれたはずなのに。俺はまた、逃げる道を探しているのか。「もう逃げるのは、あきらめるかな」そうつぶやいた。御園がにやりと笑ったが、聞こえないふりをしてくれたのがありがたかった。  「羽山、今日の昼飯は、お前の奢りな。あーあ、俺も年取ったな……」  「御園、お前はカッコいいよ」  「馬鹿野郎、今頃気が付いても遅い。いや、遅くないから俺に乗り換えてみるか?」  二人で声を立てて笑った。特に急ぎの仕事もない、明日の有給休暇の申請を出そうと思った。    

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