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第79話 彩ふ

 「羽山さん、あの」  「ん?」  「勝手なことして、すみませんでした」  「……」  「どうしても嫌なら荷物、戻しますから」  しゅんとした様子の桜井を見て、自分が怒って見えていたのだと気が付いた。いつまで経っても素直に自分の感情を表に出せないなと、ため息が出た。そのため息の意味を勘違いした桜井がさらに続ける。  「ですよね。今朝は勢いで動いてしまって、羽山さんが嫌がっていたのに申し訳ありません」  一方的に結論を急ぐ桜井をどう止めるのか迷う。正直、嫌ではなかった、こうやって一生懸命に進もうとしてくれているのが純粋に嬉しいのに。  「……明日、休みをとったから」  「え?」    「いや、明日は休んだから……向こうの荷物を整理しに行く」  桜井の顔がぱあっと明るくなる、がたっと勢いよく立ち上がると二人しかいないのに大きな声で勢いよく話し出す。  「ありがとうございます」  頭をテーブルにぶつけるかと思うほどの勢いで下げる目の前の男に、ふっと笑顔になる。  「いや、まあ、こちらこそ」  「は、羽山さんが、照れて……どうしたらいいのか、明日私は死ぬかもしれません」  ものすごい笑顔だった桜井は、何故か涙ぐんでいた。すすり上げると、嬉しくて泣きそうになりましたと今度は笑い出した。本当に表情が瞬間で切り替わる。  「お前、なんだか楽しそうだな。いや、それより百面相で忙しそうだな」  「えっ、いいえ。すみません、もうどうしたらいいのか、すぐに片づけますね。コーヒーでいいですか?」  「さくらい、俺は明日んだが」  「あの、それはもしかして……まさか、誘われています?」  「お前、そんな鈍いやつだったか?」  その言葉で桜井のスイッチが入った。テーブルを飛び越えるのかという勢いで、こちらに来た。噛みつかれるかというような口づけが腰に来る。一気に沸点に達した桜井の熱に焼き尽くされそうだ。  「まて……さき、に風呂」  「駄目です。待てません。煽ったのは羽山さんですよ」  「ちが……んんっ」  どうも桜井を調子づかせてしまったようだ。口づけられながら身体を触られると頭の芯がぐらりとする。酸素が足りない。そして陶酔するようなこの瞬間に目眩を起こしそうだ。  「ズボン……しわに、なる」  「大丈夫です」  何が大丈夫なのか分からないが、もうそんなこともどうでもいいかと思う。とりあえず、身体に籠った熱を散らして欲しい。  「さくらい」  「待てませんよ」  「違う、早く寝室へ連れて行け」  「はい、羽山さん」  ぐいと引き寄せられると、いきなり抱え上げられた。「えっ」小さく声が出た。  「無駄に鍛えてたのが役に立つ時が来ました」  そう言う桜井の顔を真っ直ぐに見ることができなくて、その肩口に噛みつくような口づけをした。

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