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第80話 木枯らし

 「すみません、余裕ないかもしれません」  「いつものことだろう」  年上だから甘えられない。そう思ってきた。年下だから頼ってはいけない、そう考えてきた。けれど相手が誰だったとしても自分は変われないのだと本当は知っている。  「それに……もしかしたら俺の方が余裕がないのかもしれないだろう」  その言葉は桜井に届いたようだった。微笑んで小さく頷くと丁寧に口づけを落としてきた。とても甘い柔らかい口づけだった。  「このまま私のそばに居てください、ずっとですよ」  こういう言葉を聞かされるのは、何歳になっても心地よいものだとゆっくりと瞼をおろした。  「ここ、ですよね?」  「ちが」  「いえ、ここですよ。羽山さんが好きなところ」  「も、そういうのは、いい」  「駄目です。もっとです。羽山さんが私の腕の中で溶けるまでこのままです」  「おまえ、どして」  「どうしてって?それを聞きますか?もちろん羽山さんを逃がさないためです。ぐずぐずにして、閉じ込めておくためですよ」  ふっと笑いがこぼれた。それもいいかも知れない、けれどこの先の現実はそんなに甘くはない。その現実に立ち向かうにはすべてを失くす覚悟も必要だ。桜井はそんな大仰な考えはないだろう。ただ自分の気持ちに真っ直ぐなだけだ、だからこそ強い。  「お前は考え過ぎなんだよ、一生だとか……そんな考え方じゃ相手も見つからないよ」そう御園の声がする。「お前は結局、どこへも行けないんだよ。いつか俺のところへ戻ってくるんだろう」藤倉の声がする。  「羽山さん?何を考えているのですか?私だけを見ていてください」  耳朶を甘く噛んでから耳元で囁かれ、ぶるっと身体が震えた。そうだ、考えるのを止めてこの男だけを今は見ていればいいのだ。  「じゃあ、焦らした責任を取ってもらおうか」  「望むところです。いつも大丈夫だと言っているでしょう?私ほど面倒な男もいませんよ」  「まあ、お前はあらゆる意味でな」  「こんなに余裕で話をされると傷つくな、そろそろ集中してもらえませんか?私が持ちそうにありませんから」  甘えても良いと言う年下の男に絆されて、このまま溶けてなくなれれば幸せだと思った。寝室の灯りを背にしてシルエットで浮かび上がるその姿に自分がどれだけ欲情しているのか分かる。みっともなくても、この男に縋り付いて甘えてみようかとその背中に手をまわした。  「どこまで今日は煽ってくるのですか、その表情反則ですよ」  桜井はベッドの中でもよく喋るのだ「うるさい」とその口を塞いだ。  季節は移ろい、いつの間にか木枯らしの吹く季節になっていた。窓をこつこつと叩くような風の音が、誰かが扉をノックする音に聞こえる。その扉を開けた先に待っているのは何なのだろうか。 

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