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第85話 夜をこめて(最終話①)

 「羽山さん、遅くなりました。すみません、桜には間に合いましたね」  「待たされるのには慣れている」  「いえ、もう待たせません」  真っすぐに見つめてくる強い瞳、受ける熱が身体を熱くする。御園にしてやられたと思うが、腹も立たないし嬉しいとも思わない。何とも言いようのない不思議な気分だった。  桜井はそれ以上何も言わず、ただ黙って手を取った。  「少し歩きましょうか?」  「陽が落ちるまでならな」  ほぼ沈みかけた太陽は天をあかく焦がし、焦げた空がだんだんと黒炭色へと変化していった。何も言わずにただ歩いた。聞きたいことは山とあったはずだった、それらが全て些細なことのような気がした。  「陽が落ちると寒いですね、そろそろ帰りますか?」  「ああ」  言葉よりも確かなものが欲しかった、つづられる幾千の詩より、確信できる熱が必要だった。  「桜井、俺がこの手のサプライズを喜ぶように見えるか?」  「演出は御園さんですよ。先週突然電話をかけて来て、今すぐ来なけりゃ羽山は貰い受けると怒鳴られました」  「あいつ……」  「本当は来月の予定でした。おかげで、ここ一週間は、ほぼ寝ていなくて、ふらふらです」  「なに?それは何か仄めかしているつもりか」  「さあ、どうでしょうね。寝不足で丁度良いくらいには、しつこいとは思いますけれど?」  「は、なんだそれ。じゃあ証明してもらうか」  ホテルの部屋に入ると同時にその肩に噛みついた。誰かを噛んだことなど一度も無かった、そしてそんな欲求を持ったことも一度も無かった。けれど、どうしても止められなかった。  「いった」  桜井は少し顔をしかめたが、すぐに笑顔になった。  「羽山さんに食べられるのならそれも良いかもしれませんね」  生意気な男をベッドに引き摺り倒し、そのネクタイをその襟元から引き抜く。  「お前は動くな」  「え?」  桜井の両手をまだ温もりのあるネクタイで縛りあげる。抵抗するつもりはないようだ。大人しくこちらを見上げている。桜井のシャツのボタンを外しながら、自分が思っていたより飢えていたことに気が付いた。早く、早くと焦る自分がいる。  桜井はジャケットとシャツの前をはだけ、それ以外何も身に着けていない姿になった。両手を頭の上で縛られて、少しだけ驚いたような顔でこちらを見上げている。その男の目の前で自分の着ている服を一枚ずつ脱ぎ捨てた。  「羽山さん、私にやらせてください。服、脱がせたいです。動いちゃいけませんか?」  「駄目だ」  別に意地悪をしたいわけじゃない、ただ憤りと喜びと欲とが複雑に絡んで頭がついていかない。桜井の思い通りになどさせてはやらない。  「……やばい、何ですか、これえろい」    呟いたその言葉より何より、桜井の身体が自分を求めてくれていると示していた。桜井が自分に欲情していることに歓喜する。欲されている、その事実を認めて満足する。全てを脱ぎ去り桜井の反り上がったモノを貪るように口に含んだ。  「は、やまさんっ、駄目です。それ、あ。駄目ですっ!」  「なに……が?」  「あっ、喋らないでください。え、本当っ……つ!はやまさんっ!」  両手は拘束したと言っても、軽くネクタイを結んだだけだ。別にどこかに縛り付けているわけでもない。けれど、桜井は両手をベッドにしっかりと縫い付けられたように動かそうとはしなかった。  「ま、まって、まってくださ……いっ」  ゆっくりと桜井のモノを解放すると、その身体を両足の間に挟み込むようにして膝立ちになった。  「え、羽山さんっ!無理ですって、そんな……いきなりは無理ですっ」  桜井が驚いて声を上げる、分かっている自分でも馬鹿なことをしているのは。頭でわかっているのに、止められない、止まらない。  自分の体重を利用してゆっくりと桜井を受け入れようとする。何の準備もせずに受け入れられるはずなどない事は十も承知だ。ただ、かたくなに桜井を拒もうとする自分の身体が恨めしかった。  桜井が苦痛で顔をしかめた。  「はやま……さん。無理ですって」  「無理じゃない」  浅い呼吸を何度か繰り返し、力んで受け入れやすいようにと努力する。それでも苦行の様な時間になる、桜井のモノの僅かな滑りを利用しただけだ、苦しくて冷や汗が出る、少しずつ飲み込むように受け入れていくと、吐き気が上がって来た。  「つ、」  「ほら、苦しいのは羽山さんですから。ね、待ってください」  「駄目……だ。今日は俺が主導だ、覚悟しておけ」  ぐっと身体を落とす、桜井の顔が一瞬だけ歪んだ。  「羽山さん、どうか手を解いてください」  「だ……」  「このまま動きません。ただ抱きしめさせてください。お願いします」  だんだんと濃くなる夜、カーテンを開けはなした窓から入る月光で、薄ぼんやりと浮かび上がる桜井の顔が今にも泣きそうだった。  「きつい、か?」  「違います、羽山さんが今にも泣きそうで」  泣きそうなのはお前だろうと、思った時にはたりと頬をつたった雫が桜井の腹の上に落ちた。その瞬間に桜井はネクタイで纒らえた両手をそのまま持ち上げた。  「やはり抱きしめさせてください」  「駄目だ」  「羽山さん、ごめんなさい。連絡も出来なくて。父に認めさせなきゃいけなかったんです、本気だと。時間がかかったことは謝ります」  桜井のその台詞に何故自分がこんなにも不安定だったのか、その答えをようやくもらえたと知った。  「桜井、苦しい……」  「解いてもいいですか?」  答えを待たずに、緩く留めていたネクタイから手をするりと引き抜いた。  「ちゃんと抱きしめさせてください」  そう言うと桜井が両手を広げた。          

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