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第11話 side棗
俺が、帛紗の強姦未遂事件について知ったのは、全て終わった後だった。織部がやたらと帛紗を気にかけていたのが癇に触れ、せっついた俺に織部は渋々打ち明けた。
帛紗を襲った男は、学内でもゲイだなんだと噂のたっている男だった。歓楽街で男漁りをしていただとか、男の趣味が悪いだとか、どこまでが真実かは分からないが、とにかく外聞の悪い男だった。
しかし、セクシャリティによる差別も、根拠のない世評に流されるのも時代錯誤だと考えていた俺は、その男を疑うことすらしていなかった。
当時、学生時代にしか出来ないことをしようと、多人数で実施する企画ばかりを考えていた。そこで、動画制作に人手が必要だった俺は、何も考えずに手当たり次第手伝いを頼んでいた。
その男のことも、話を聞いても顔が浮かばない程度の認識だった。誰が誰かなど覚えておけない程に、使えるものは使うというスタンスだった。それが元凶になった。
織部曰く、その男は俺の帛紗に向ける視線の異様さに気が付いていたらしく、帛紗との関係を止められないよう、俺に隠れて綿紗に近づいていたらしい。
織部は当時から帛紗のことをやたらと気にかけており、事件が起こる随分前から男のことは気になっていたそうだ。だからこそ織部は帛紗を守る事が出来たと語った。
話を聞いて俺は衝撃を受けた。好きな子ひとり守れなかったこと。好きな子が傷ついた事実に気付けなかったこと。自分の人間関係のずさんさが、好きな子を傷つける事態を招いたこと。
嫌味なのか説教なのか、俺の汚点を列挙する織部を前に、俺はただ立ち尽くした。正論を捲し立てる織部になにひとつ言い返せなかった。あのあてどない悔恨や憎悪の体感を繰り返すまいと誓った。
そして俺はすぐさま人間関係を清算した。
当然、帛紗を襲った男は織部とふたりで辛辣な目に合わせ、今後一切びた一文綿紗には近づかないと誓わせた。
それからは、動画制作に関わる人間もきっちり精査した。おかげで動画の品質も向上し、再生数も格段に伸びた。
以来、信頼できる人間でも帛紗には極力関わらせたくないと考えるようになった。今のメンバーにも、帛紗とは話すな、極力見るなと伝えてある。帛紗の魅力をもってすれば、誰だって一目惚れしてしまうのは間違いない。帛紗の上手い飯を食えるのだって俺ひとりで十分だ。
帛紗のことを、二度と誰にも傷つけさせたりしない。
そう思っていた。
それなのに、
他でもない俺が、
帛紗を泣かせてしまった。
織部が好きだと言ったその口を、無理矢理に塞いで、気持ちよくしてやるなどと戯れ言をほざき、嫌がる帛紗を宥めすかして抱いた。
気持ちいいかどうかなんて関係ない。やったことは強姦魔と変わらないことだ。
短く息を吸って、もう一度眠る帛紗を見つめる。寝息に上下する胸、いたいけな寝顔、それらは快感に濡れていた先程の様子を欠片も残さず、安らかであった。
思わず、触れそうになって、伸ばした手を慌てて握りしめた。勢いよくシーツに拳をついて、重力に任せて顔を伏せた。
「…っごめん、帛紗。」
帛紗の意思を無視して抱いてしまったこと、人の好さにつけこんで囲っていること、織部への気持ちを知ってもなお帛紗を諦めるつもりなどないこと。
傷つけてばかりいるが、帛紗のことは俺が幸せにしたい。帛紗に俺を好きだと思ってほしい。熱に浮かされて言うような「好き」ではなく、心から俺を求めて好きだと言って欲しい。織部には渡せないんだ、帛紗。
今は織部を好きでいい。絶対に俺に振り向かせる。可愛いくて、お人好しで、他人思いで見返りも求めず尽くす所があって、器用に何でもこなせるというのに、自信は酷薄で、自分で自分の良さを分かっていない。
帛紗はこんなにも素敵な人間なんだと、俺が帛紗に教えてやりたい。好きなんだ、帛紗。
早くこっちを見て、笑ってよ、帛紗。
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