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第12話
頭を撫でてくれる優しい手つきを感じて目が覚める。瞼を開くと美しく微笑む棗の顔が見えた。つられて微笑むと、棗の笑いジワがさらに深まる。
「おはよう帛紗。」
あんまりにキラキラな笑顔に、思わず目を擦りながら返事をする。
「なつめ、おはよぉ。」
覚めきらない眠気に浮かされるこの幸せな時間にずっと浸っていたい。けれどおもむろに意識がはっきりしていって、ある瞬間ハタと気が付いた。
今日は日曜日だ。
「ごめっ、今、何時っ??」
慌ててスマホを探すが見当たらない、昨日はどうやって寝たんだっけ?
というか、何で棗がここに居るんだろう?
「今は10時だよ。」
まだ寝ボケた頭でまともな思考が出来ない僕に棗は優しい声で教えてくれた。
「っ!ほんとにごめん!すぐご飯作る!」
日曜日、僕は休みだが棗は仕事がある。ナツメグぱんだの主な視聴者層である中高生が休みの土日祝日は10時と20時の2本投稿で、動画の最終チェックやコメントチェック、その他色んな業務で忙しい。
朝食を終えて8時には家を出ないと間に合わない。それなのに、もう10時をまわっている。
「今日は大丈夫だよ。メンバーには話してあるし、トラブルがなければ出勤しなくても平気だから。」
立ち上がろうとしたところを棗に制止され、腰を優しく抱き寄せられる。
「それより体は平気?痛くない?」
ぽすんとベッドに腰かけ、棗に見下ろされる形になって、僕はやっと思い出した。
そうだ、昨日僕は棗と、
昨日の事を思い出すだけで、体温が上昇した気がする。頭ではあぁそうか、スマホは昨日、玄関に投げ出した鞄の中にあるんだ、なんてのんきに考えているのに、高鳴る鼓動がおさまらない。
棗に迷惑をかけないと決めた側から寝坊してしまった。それどころか心配をかけて仕事を休ませて、何やってるんだ、僕。
「棗、あの、」
今からでも朝食にしようと口を開きかけた。しかし、棗が僕の肩を掴んで、真剣な瞳で見つめてきたことで、言葉を止めてしまった。
「帛紗、昨日はすまなかった。」
身体を求めたことを謝っているのだろうか?棗はこれ以上無いほどに優しく抱いてくれたし、途中からは僕の方が棗を求めてねだっていた程だった。
だとすれば、謝っているのは、好きでもないのに抱いたことだろうか。
だったら、謝る必要なんてない。僕の身体で慰めになるなら、いくらだって抱いてもらって構わない。
「棗、謝らないで。」
棗は、棗には好きなひとがいるんだろうか。
「…朝からこんな話、嫌かもしれないけど、僕ね、男に無理矢理に抱かれそうになったことがあって、あの時、すごく、こわくて、」
突然、変な話をはじめたから、棗は驚いているんだろうか。息をつめたまま、棗は何も言わずに聞いてくれた。
「それがあって思ったんだ、いつか、好きなひとに抱かれたいって、嫌な記憶があったとしても、好きなひとと身体を重ねた記憶が有れば忘れられるんじゃないかって。」
想像も出来なかった。棗には触れられただけで何もかもどうでもよくなるほどに、生きていてよかったと思わされた。
僕にとっては、すごく、嬉しいことだった。
だから、どうか、謝らないでほしい。
「だから、大丈夫なんだよ?」
棗にとっては、面倒な過去かもしれない、だけど、謝るくらいならこれからだって利用してほしい。
「もう、平気だから、棗が望むならこれからだって、またしたって、いいから。」
むしろ僕は、棗が望むなら、またしたい。
しかし、見上げた棗はまた、困ったように笑っていた。
「もう、しないよ。」
微笑みを浮かべたまま、棗はそう呟いて、もう一度僕の頭を撫でると、部屋をでていってしまった。
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