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第13話
あれから棗の態度は思いを告げる前とほとんど変わらなかった。新しい同居人が来ることもないし、部屋を出ていけと言われることもない。いつも通りに流れる日々に、あの日のことは実際には起こっていなかったのではないかと疑う時もあった。
わずかにあった変化と言えば、棗と少し距離が出来てしまったことだ。
実際には変化していないのかもしれないが、どうしてもそう感じてしまうことが多くあった。例えば最近棗は以前より帰りが遅く、外食も増えた。今でも早く帰る日は、美味いと言ってそれは幸せそうに夕飯を食べてくれるが、そもそも夜に顔を合わせること自体少なくなっていた。
朝食もお弁当も、掃除も洗濯も、これまでと変わらずに続けている。むしろ棗は以前に増してよく褒めてくれる様になった。
純粋に仕事が忙しいのかと話を聞いてみたが、気にしなくていいと言われてしまった。
これ以上、追求するべきではないのかもしれない。だが、僕の棗を一番近くで支えたいという思いは変わっていなかった。
だから僕はお菓子作戦をとることにした。
作戦はいたってシンプルだ。お茶とお菓子を持って棗の仕事場であり、かつての住まいであったあの部屋に訪問をするのだ。
棗は仕事場として運営する以上、僕が掃除や洗濯をする必要はないと言っていた。それもあり何も出来ていないのだが、ナツメグぱんだの制作メンバーのことだって気になる。そこで、お菓子を持って、友人として行くならアリじゃないかと考えた。
さっそく僕は手作りのポルボロンと輸入品店で買ったクッキーにあうコーヒーを持って通い慣れた道を歩いた。
そしてあと5分程で着くという所で、前の方に数人で連れ立って歩くナツメグぱんだのメンバーを見つけた。
声をかけようと近づいた時に話していた内容が気になって、思わず伸ばした手を止めた。
「にしても棗さん、ほんと好きだよなー。」
「だよな、あんな上手い飯作れて、掃除も洗濯も完璧な恋人とか羨まし過ぎる。」
「おまけにあの可愛さだしなー。」
「まぁ独占欲も強すぎるけどな。」
「話しかけるな、目も合わせるなって。」
「いや、でもあの恋人だとそうなるだろ。」
「「だなぁ。」」
不本意といえど、盗み聞きしてしまったことにも、その話の内容にも胸が痛んだ。彼らは笑いを交えて話していたが、僕はちっとも笑えなかった。
僕は今まで全く知らずにいた。
棗には恋人がいたのか。
棗に好きなひとはいないかと考えたことはあったが、まさか、本当にいると思ってはいなかった。危惧していたことが急に現実味を帯びて襲いかかってくる。
足取りが重くなり、前を歩いていた彼らとは離れてしまった。棗に恋人がいた事実に気が沈む。引きかえそうかとも考えたが、せっかく用意したお菓子だけでも渡したい。
どうにか玄関までたどり着いた時に、みたことない可愛い雰囲気の男の子と出くわした。
「あれ?何かご用ですか?」
話したことはないが、この子もナツメグぱんだのメンバーなんだろうか?全員を把握していたつもりだったが、そうじゃなかったんだろうか?
募る不安を隠すようにお菓子とコーヒーの入った袋を掲げて、差し入れを渡したいと伝える。すると男の子は納得したような顔で「あぁ」と呟いた。
彼はそのまま手に持っていた鍵でドアを開けると、僕を振り返って「どうぞ」と笑った。
開かれたドアの向こうには、先程前を歩いていたメンバーたちが立っていて、その中のひとり、よく挨拶をしてくれていたメンバーが、僕らに気付いて声をあげた。
「あれ?帛紗さん?どうしたんですか!」
懐かしさに思わず微笑み、差し入れを持って遊びに来たことを伝えた、ちょうどその時、部屋の奥から棗が表れた。
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