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第14話
僕は一瞬、棗が怒りを孕んだ視線でこちらを見ているように感じた。しかし直後には棗の視線はいつもの柔らかなそれに戻っていた。
「帛紗、どうしたの?」
棗はこちらに歩み寄って、可愛い男の子と僕とを離すように僕の肩を引いた。
「突然ごめん。最近メンバーのひとたちとも会えてなかったから、お菓子作って来てみたんだ。よかったら食べて?」
そう告げて、棗に袋を渡して帰ろうとした。だが、横から男の子が言葉を挟んだ。
「帛紗さん、もう帰っちゃうんですか?」
棗が怒った理由は分からないが、改めて考えると今の僕は部外者だ。突然来て上がり込むわけにもいかないし、他のメンバーたちだって緊張した面持ちでこちらを見つめている。
返事をしあぐねていると、男の子は続けざまに言った。
「一緒にお菓子食べましょうよ!僕、帛紗さんに聞きたいことだってあるんですよ!」
「あ、うん、」
困って棗を見ると渋々といった様子で部屋の奥に入るよう示した。
「そうだな。わざわざ来たんだし、あがってくといいよ。」
ダイニングにあがり、キッチンでコーヒーを淹れていくつか気づくことがあった。
それは僕の来ていた頃とはものの配置や調味料の種類が変わっていること、冷蔵庫にエナジードリンクや市販のスイーツ類が置かれていることなど様々だ。細かいことをあげればキリがないが、とにかく、僕はどこか寂しさを感じてしまった。
やはり、僕にとっては特別だったここでの雑務は誰にでもこなせることだった。僕が居なくたって上手くまわるんだ。当たり前だというのに、それが辛かったのだろうか。
棗に恋人がいた事実とあいまって、なんだか僕は余計に落ち込んだ。
そのあと、みんなでお菓子を食べてコーヒーを飲んで、雑談もそこそこに棗は作業を再開するよう指示をした。そしてダイニングには僕と男の子だけが残った。
話の中で、男の子はその名を伊万里 というのだと知った。
そしてどうやら伊万里くんは僕の代わりにこの部屋の家事をこなすためにやってきたプロの家事代行者らしい。
伊万里くんの手際の良さはとっても素晴らしくて、この短時間だけでも、僕も真似したいと思うことが沢山あった。
それに伊万里くんは家事だけじゃなく、愛想の良さも100点満点だった。
その微笑む可愛い顔を見て分かってしまったんだ、きっと棗の恋人は伊万里くんなんじゃないだろうか。
棗は愛しい恋人に触れてほしくなくて、仕事の話をあまりしなかった。玄関で僕との距離を取らせたのもそういうことじゃないだろうか。
伊万里くんは僕が棗の家に住んでいることを知っているのだろうか?知っていたなら、きっといい気はしないよな。
ひょっとして、伊万里くんがさっき言っていた話したいことって、それなんじゃないだろうか??
焦る頭で考えて余計に分からなくなる。
ふたりきりの部屋の中、微笑んで僕を見つめる伊万里くんは、策士の顔をしていた。
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