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第16話 side織部
インターホンがなり響き、画面には帛紗が写っていた。ひどく落ち込んだ様子だったのでひとまず部屋にあげた。
「どうしたんだ?」
尋ねると切々と語られた帛紗の話を聞いて俺は驚きを隠せなかった。
どうやら、あまり仕事の話をしなくなった棗を心配して職場を訪ねると浮気相手の男がいて「諦めるつもりはない、今日にでも棗に話すから家を出て行け」と言われたらしい。
いやいや待て待て!どんな急展開だよ!あの帛紗にぞっこんで溺愛しまくりの棗が浮気だなんてそんなわけないだろ!
棗の帛紗への執着は学生時代から救いようのないしつこさだった。
俺は大学で経営学を学ぶ傍ら、趣味でグラフィックをやっていた。帛紗とも棗とも学部は違ったが、当時から動画配信を行っていた棗とはエフェクト素材の制作を頼まれたことからよく話すようになった。
といっても、棗の話は専ら俺が帛紗と近すぎだとか、他のメンバーが帛紗のことを変な目で見ているから遠ざけさせろだとかそういうことだった。
棗は俺に対して「帛紗に近づくな」とは言うものの、関係性を疑われることはなかった。俺自身、ほんの一時、帛紗と付き合えればいいかもしれないと思ったことはあったが、恋愛感情は抱いたことがない。例えるなら弟のようなものだ。
いつだったか酒のはずみで俺が叶うはずもない相手に片思いしいることを話したことがあるし、帛紗に恋愛感情を抱いていないことは棗にも伝わっているんだろう。
帛紗とは棗と知り合うよりも前に知り合った。男のわりに可愛らしい顔立ちの帛紗は学内で何かと噂になっていた。男と試してみたいとかいう変な奴も少なからずおり、俺はうっすらと心配していた。
最初に話したのは帛紗が男に絡まれていたときだ。制止に入ったことをきっかけに少しずつ話すようになっていった。帛紗は一度、襲われかけたこともあったが、それ以来、棗がやりすぎなほどに帛紗に色目を使う男を遠ざけるようになり、心配はいらないと思っていた。
そんな棗が浮気とは、誤解に違いない。
もう一度帛紗に話の詳細を聞こうとしたが、その前に帛紗が口を開いた。
「棗の家を出て新しい住居が決まるまでの間、ここに置いてほしいんだ。」
帛紗は本気で家を出るらしい。
「置いてほしいったって、ウチには、」
その時、リビングの扉が開いた。廊下から入ってきたのは俺の片思いの相手であり、同居人である男だった。
「あ、お客さん?ごめんすぐ出かけるから。」
「かまわない。どこいくんだ?」
「ちょっとカフェまで。友達が勉強に付き合えって。」
「わかった。晩御飯つくっとくから遅くなるなよ。」
「ん。ありがと。」
出ていく背をみつめ、最近の外出の多さを懸念する。気が沈みそうになるが、今は帛紗が来ているんだった。
「そうか、一緒に暮らしてるんだったね。まだ学生さんだっけ?」
「今は高3」
「同居人がいるならダメだよね。突然押しかけて何言ってるんだろ、僕。」
「それより、家を出る前に棗本人から話を聞かないとダメだろ。」
こいつらは思いあってる割に意思疎通が出来てなさすぎる。お互いに異常なほど好き合っているくせに、どうしてこうもこじれるんだろうか。
「お前らは言葉が少なすぎるんじゃないか?」
かといって、これ以上俺が口を出すものでもないだろう。本当に思いあってるならどう転んでもうまくいくだろうし、なによりまず、こういうのは自分たちで解決しなきゃ意味がない。
「本当に困ったときは助けてやるから、とにかく、一度帰って棗と話せよ。」
それから少し話をすると、帛紗は浮かない顔で帰っていった。
全くもって厄介だ。恋愛はひとを良くも悪くもする。どうしてこうも苦しいんだろうか。
辛そうな帛紗につられたのかもしれない。帛紗には思っていることを伝えろと言っておきながら、俺自身、好きな相手には告白すらしていない。同居人を思うと訪れる胸の痛みにはもう慣れたと思っていたが、帛紗にあてられる程、俺も弱っているのかもしれない。
痛む胸をおさえながら、先の見えない憂鬱さにため息をついた。
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