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第17話

家への道を歩きながら、これからのことを考える。 棗の家を出る日がこんなに早く来るとは思わなかった。棗には変わった様子がなかったから、まさか恋人ができているだなんて思いもしなかった。棗を支えたいという思いは変わらないが、家事も炊事も見た目も気遣いも完璧な恋人がいては、僕がいる意味もないだろう。 ふと目をやると町はすっかり夕焼けに染まっている。足元からは影が伸び、行く先を暗くする。ずっと棗といるつもりだったから、先のことなんて考えてもいなかった。 突然に行く先が見えなくなって、焦って織部にすがってしまった。織部は当然のことを言っていたし、僕だって、ちゃんと棗に出ていくことを話さなければと思っている。 けれど、今も先立つ不安をかわし切れないでいる。目を閉じると、今日の出来事が頭に浮かんだ。 棗のスタジオで二人きりになったとき、伊万里くんは迷うことなく告げてきた。 「帛紗さん、単刀直入にいいます。僕には好きな人がいます。この恋を叶えたくて、僕はここに来たんです。」 はっきりと自信をもって告げる様子に、僕は怯んでしまった。 「好きな人って…でも棗は…」 棗は何も言わなかったけれど、やはり、出ていけということなのか。 「気づいてたんですか?」 認めたくはなかった。 「僕は諦めるつもりなんてないんです。だから、帛紗さんには協力してほしい。」 けれど、こんなに素敵な伊万里くんに敵うはずもないと思ってしまったんだ。 「これから、棗さんに話そうと思ってます。そのうち帛紗さんにも伝わると思うので、助言してください。」 それからは曖昧に返事をし、なんとか話を終わらせて、とにかく出て行く先を考えなければと織部を訪ねた。 何もせずに家に帰って、棗に放り出されるのが怖かったのかもしれない。せめて、自分から出ていくと言えればと思っていた。 夕日が沈んでだんだん足元が暗闇に飲み込まれていく。 今日、棗は早く帰れそうだと言っていた。家に帰れば伊万里くんの話になるんだろうか。 気分は沈む一方だが、とりあえず夕飯を用意しなければならない。最後になるかもしれない。せっかくなら、棗に喜んでもらえる食事にしよう。 気持ちを切り替えてスーパーに向かう。棗の好物といえば、やはりハンバーグだろうか。いや、肉じゃがも好きだと言っていた。 思い返すほど、美味いと眩しい笑顔で食べてくれる棗の顔が浮かぶ。何を出しても喜んでくれる。逆に棗が何を好きなのか、毎日一緒に暮らしているというのにはっきりとした答えを知らないことを悔しく感じた。 伊万里くんなら知っているんだろうか。 僕も知りたい。もうダメだとしても、棗についてちゃんと知ってから、諦めたい。 今日、帰ったら聞いてみよう。棗のいちばんが何なのか。 それから数時間後、食卓にはカトラリーを並べてある。キッチンには無数の鍋とフライパンに食事が用意してある。 何にすればいいか決めきれなくて、手当たり次第に全部作ってしまった。 あとは棗の帰りを待つだけだ。

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