18 / 30
第18話 side棗
時刻は18時を過ぎ、長く続いた作業にやっと終わりが見えた頃、伊万里に話があると呼ばれた。
いつもなら夕飯を作り終えれば帰宅する伊万里だが、今日はメンバーが帰ったあとも残り、今は俺とふたり、ダイニングのテーブルで向かい合っていた。
「んで?話って?」
俺としては、伊万里が帛紗を見つめていたことが気になる。そのことだろうか。
「僕は目的があってここに来ました。」
「目的?」
「そうです。棗さんに話しておくべきだったんですが、これを言えば採用してもらえないと思い、今まで黙っていました。」
俺は黙って話を聞いた。帛紗に関係のあることだろうか。そればかりが気にかかった。
「以前から、ずっと動画でみていて、どうしても近づきたかったんです。」
「それは、どういう?」
「恋愛感情です。
好きなんです。
…唐津さんが。」
俺は軽く困惑した。伊万里が帛紗を気にしていたのは、唐津がやけに帛紗と親しげにしていたからだろうか。
「棗さんが色恋沙汰でメンバーを辞めさせているという話を聞いたことがあります。」
俺は話の展開が読めず、返事に困った。
「スタジオ内は恋愛は禁止なんですよね。」
そこまで聞いて、ようやく合点がいった。
「それで、帛紗のことで俺を脅そうとしたのか?」
「…はい。あなた自身、帛紗さんと恋仲にありながら、ここで一緒に過ごしていたのですから、僕がこのまま働くことを止められませんよね?」
あぁ、なんだ、そんなこと。
「好きにすればいい。そもそも恋愛禁止なんてルールはない。」
禁止なのは恋愛じゃなく帛紗に好意を寄せることだ。
「掃除も雑務も頼んだ以上にこなしてくれて助かってる。料理もメンバーみんな超絶気に入ってるぞ。エナジードリンクおいてくれたり、スイーツ常備してくれたり、気遣いも助かってる。」
まぁ、帛紗には劣るが。
「唐津とのことは二人の問題だから何も言うつもりはない。そんな訳でこれからも宜しく頼む。」
伊万里は呆気にとられた顔で此方をみつめていた。それ以上話すこともなかったらしく、「分かりました。お願いします。」と告げて帰って行った。
それから俺は、即座に戸締まりを済ませて帰路についた。
帰宅し、玄関の扉を開けた瞬間、異様な空気を感じた。小さくただいまと告げながら部屋に入ると、ダイニングテーブルには既に食事が並んでいた。
「棗、お帰りなさい。」
帛紗はまだキッチンで仕度をしている。
「ただいま。悪い帛紗、遅くなった。」
ハンバーグ、肉じゃが、グラタン、茶碗蒸しといんげん豆のごま和え、ひじきの煮付け、他にも和洋折衷色んな料理が並んでいた。どれも俺の好物で、帛紗の作る料理の中でも特に好きなものばかりだ。
今日は何かあっただろうか。誕生日でもなければ、これといった事柄もない。
いつもと明らかに違う様子に困惑した。
「どうしたの?今日なんかあった?」
帛紗は切なさを隠すように笑って、なんでもないよ、と呟いた。
「棗の好きなものを作りたいと思ったんだけど、何が1番か分からなくて、思い付くの全部作ってみたんだ。」
帛紗の作る料理なら全部1番だ。どれかひとつを選ぶのが勿体なくて言い淀んだ。
「どれも好きだよ。」
そういうと帛紗は優しく笑った。
それから、食卓について無数の料理を食べながら他愛もない話をした。いつもと様子の違う帛紗が気になったが、どう聞き出すべきかも分からなかった。
結局、普段通りに食事を終えて風呂に入り眠りについた。ほとんどいつも通りだった。
だが翌朝、帛紗は失踪した。
ともだちにシェアしよう!