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第18話 side棗

時刻は18時を過ぎ、長く続いた作業にやっと終わりが見えた頃、伊万里に話があると呼ばれた。 いつもなら夕飯を作り終えれば帰宅する伊万里だが、今日はメンバーが帰ったあとも残り、今は俺とふたり、ダイニングのテーブルで向かい合っていた。 「んで?話って?」 俺としては、伊万里が帛紗を見つめていたことが気になる。そのことだろうか。 「僕は目的があってここに来ました。」 「目的?」 「そうです。棗さんに話しておくべきだったんですが、これを言えば採用してもらえないと思い、今まで黙っていました。」 俺は黙って話を聞いた。帛紗に関係のあることだろうか。そればかりが気にかかった。 「以前から、ずっと動画でみていて、どうしても近づきたかったんです。」 「それは、どういう?」 「恋愛感情です。 好きなんです。 …唐津さんが。」 俺は軽く困惑した。伊万里が帛紗を気にしていたのは、唐津がやけに帛紗と親しげにしていたからだろうか。 「棗さんが色恋沙汰でメンバーを辞めさせているという話を聞いたことがあります。」 俺は話の展開が読めず、返事に困った。 「スタジオ内は恋愛は禁止なんですよね。」 そこまで聞いて、ようやく合点がいった。 「それで、帛紗のことで俺を脅そうとしたのか?」 「…はい。あなた自身、帛紗さんと恋仲にありながら、ここで一緒に過ごしていたのですから、僕がこのまま働くことを止められませんよね?」 あぁ、なんだ、そんなこと。 「好きにすればいい。そもそも恋愛禁止なんてルールはない。」 禁止なのは恋愛じゃなく帛紗に好意を寄せることだ。 「掃除も雑務も頼んだ以上にこなしてくれて助かってる。料理もメンバーみんな超絶気に入ってるぞ。エナジードリンクおいてくれたり、スイーツ常備してくれたり、気遣いも助かってる。」 まぁ、帛紗には劣るが。 「唐津とのことは二人の問題だから何も言うつもりはない。そんな訳でこれからも宜しく頼む。」 伊万里は呆気にとられた顔で此方をみつめていた。それ以上話すこともなかったらしく、「分かりました。お願いします。」と告げて帰って行った。 それから俺は、即座に戸締まりを済ませて帰路についた。 帰宅し、玄関の扉を開けた瞬間、異様な空気を感じた。小さくただいまと告げながら部屋に入ると、ダイニングテーブルには既に食事が並んでいた。 「棗、お帰りなさい。」 帛紗はまだキッチンで仕度をしている。 「ただいま。悪い帛紗、遅くなった。」 ハンバーグ、肉じゃが、グラタン、茶碗蒸しといんげん豆のごま和え、ひじきの煮付け、他にも和洋折衷色んな料理が並んでいた。どれも俺の好物で、帛紗の作る料理の中でも特に好きなものばかりだ。 今日は何かあっただろうか。誕生日でもなければ、これといった事柄もない。 いつもと明らかに違う様子に困惑した。 「どうしたの?今日なんかあった?」 帛紗は切なさを隠すように笑って、なんでもないよ、と呟いた。 「棗の好きなものを作りたいと思ったんだけど、何が1番か分からなくて、思い付くの全部作ってみたんだ。」 帛紗の作る料理なら全部1番だ。どれかひとつを選ぶのが勿体なくて言い淀んだ。 「どれも好きだよ。」 そういうと帛紗は優しく笑った。 それから、食卓について無数の料理を食べながら他愛もない話をした。いつもと様子の違う帛紗が気になったが、どう聞き出すべきかも分からなかった。 結局、普段通りに食事を終えて風呂に入り眠りについた。ほとんどいつも通りだった。 だが翌朝、帛紗は失踪した。

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