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第22話

いずれはちゃんと棗にも話をしなければいけない。そんなことを考えながら、出勤のため駅まで帰ってきた。 早朝のまだ人がまばらな駅は木漏れ日にに包まれ柔らかい雰囲気だった。 まぶしさが寝不足の浮遊感を増して、独特の爽快感に頭が揺れる。 まるで夢でも見ているような気分だった。 だから、改札を抜けて棗がいたときは、あぁほんとにいい夢だな、なんて暢気に考えたくらいだ。 「帛紗!」 僕の名を読んでぎゅっと抱きしめてくれた棗は、いつものキラキラとは違いくたびれた様子だった。耳元ですすり泣くような声が聞こえて、慌てて棗の顔を見た。 「なつめ?泣いてるの?」 顔を見るために体を離そうとしても、強い力で抱きとめられて身動きが取れない。しばらくそのまま抱きしめあっていた。 すれ違ったスーツのおじさんと目が合って、恥ずかしさにうつむいた。 「棗、あの、場所変えよう?」 僕もようやくこれが現実だと認識して、そう提案すると、棗はおずおずとしかし僕の手を強い力で握りながらついてきてくれた。 ふたりでひとけのない近くの公園のベンチに腰かけた。 すぐそばにいるというのに、棗はずっと僕の手を離さなかった。 ボサボサの髪も、目の下のクマも、少し赤くなった目じりも、いつもとは違って僕はなんだかドキドキしてしまった。 「棗、もしかしてずっと探しててくれたの?」 問えばまた、棗は僕の肩に顔を寄せて、縋り付くようにして寄ってきた。 どうしよう、棗が可愛い。 「帛紗、嫌だ。俺の前から居なくならないで。」 こんな棗、初めて見る。 「俺、今までちゃんと言ってなかったけど、俺が動画出し続けられるのは帛紗のおかげなんだ。帛紗がメンバーに笑いかけてるの、見るのが嫌で、スタジオから遠ざけたけど、俺が動画を出すのはいつだって帛紗のためなんだ。」 棗のぼろぼろさに、さすがにからかっているわけでも、僕を便利に使うための嘘でもないと分かる。棗は今、本心から言ってくれているんだ。 「帛紗がいないとなにもできない。」 すぐそばに感じる棗のぬくもりは本物なんだ。 「帛紗、」 名を読んでしばらくの間の後、棗は僕の肩に置いていた頭を起こしてじっと正面から僕の目を見つめた。僕の両手首をつかむ手に力がこもった。 「帛紗、好きだよ。これからもそばにいてほしい。」 朝日に包まれてほほ笑む棗は、ボサボサでもくたびれてても、やっぱりキラキラだった。 「棗、ぼ、僕だって好きだよ?棗が好きだ。」 しあわせで涙があふれた。尽きたと思っていた涙が、また、流れた。 おかしくて笑えた。 そうだ、けれど、棗には、伊万里くんが、 「あと、浮気はしてない。」 僕の心を読んだかのように棗はそう告げた。 「伊万里が好きなのは唐津だ。俺に職場恋愛を止められると思ったから帛紗から助言してくれって、そう言いたかったらしい。誤解を与えたことを謝ってくれと言っていた。」 棗はもう一度僕を抱きしめて耳元で呟いた。 「帛紗、俺には帛紗だけだよ。帰ってきて俺だけ見てて。」 ずっと、振り向いてはくれないんだと思ってたひとが最初から僕だけを見てくれていた。 たまらなく幸せだ。 それから僕らは一つずつ誤解を解きあって、その度に馬鹿らしいと笑いあった。こんなに好きなのにひとつも伝えてこなかったことが、悔しくてたまらなかった。 もっと棗とくっついていたかったけれど、仕事に行かないといけない時間になってベンチから立ち上がった。 つないだ手はそのままに、僕が歩き始めて前に出たとき、棗が後ろから名前を呼んだ。 振り向いて、なに、と問うと棗にグッと引き寄せられた。 棗の美しい顔がゆっくりと近づいてきて思わず目を閉じた。 振り向いて笑ってキスをして、好きだと言い合って、僕らは幸せを噛みしめた。

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