24 / 30

第24話

棗と思いを伝え合ってからというもの、棗は僕に惜しみ無く愛を伝えてくれるようになった。 棗にお願いすればスタジオにも顔を出せばいいと言ってもらえて、名実ともに棗を一番近くで支えられるようになった。 僕を見つめて、毎日ありがとうと言ってくれて、眠るまで隣で愛をささやいてくれる。 本当にこの上なく素晴らしい恋人だ。 だけど、僕にはひとつ不満がある。 それは棗が僕に触れてくれないことだ。触れるといっても、キスやハグなんかじゃない。ちゃんと深いところまで愛してほしい。 けれど、棗に直接そのことを話せずにいた。 棗は、以前、一度抱き合った時にまたしたいと言ったことを覚えてくれているだろうか。あの時棗はもうしないと言っていた。それは僕が織部を好きだと勘違いしていたからだ。 でも僕は棗が好きで、だからもう一度、ちゃんと抱き合いたい。今では棗だってそれを分かってくれているはずだ。 それなのに棗は僕を抱いてくれない。 僕にそれだけの魅力がないからだろうか、とも心配したが、二人でいるときはずっとくっついているし、最近では棗も色のある目で僕を見つめてくれることも多い。 きっと何か、あと少し、きっかけがあればいいだけなんじゃないか、そう思って僕は伊万里くんに相談してみた。 僕がもう一度スタジオに通うようになって早々、伊万里くんは僕に誤解をさせてすまないと謝ってくれた。勝手に変な勘違いをして逃げ出したのは僕のほうなのに、わざわざ心配して話しかけてくれたのだ。伊万里くんは本当にできた人間だ。 そんな伊万里くんが恋の相手を射止められないはずもなく、今度、ナツメグぱんだのメンバーが交代でとる大型連休では、唐津さんと温泉旅行に行くんだと話していた。 そしてその温泉旅行で使うために買ったらしい媚薬を少し分けてくれたんだ。 正直、僕は戸惑った。 誰かとこんな話したことがないし、棗と抱き合いたいなんてこと、織部にだって相談できない。 なんだか大人な伊万里くんとは流れでそんな話になってしまったが、今でも思い返すとドキドキしてしまう。 というか、以前棗と触れ合った時のことだって、今でも思い返すと恥ずかしいくらいだ。 それでも、僕は体ごと棗に愛してほしいし、全身で求められたい。 だから僕はせっかく伊万里くんがくれたチャンスを使うことにした。 今はもうすぐ棗が帰ってくる時間だ。食卓にはいつも通りに食事が用意してある。 そしてキッチンにはグラスとワインの入ったデキャンタ。あとはこのワインに薬を入れるだけだ。 そっと伊万里くんからもらった手のひらサイズの箱を取り出した。中には小さなボトルがあり、キャップにはスポイトがついていた。派手な色合いのパッケージを見て、一瞬判断が鈍る。 僕は棗に黙っていけないことをしている。本当ならちゃんと話すべきだろうし、たとえ伊万里くんが信用できるひとだとしても、自分でも口に入れたことのないものを棗に飲ませるなんてしてはダメだ。 ここまで来て、僕は怖気づいてしまった。やっぱりやめようか。 ため息をついたその時、棗が帰宅した。 棗が部屋に近づく音がして僕は慌ててボトルをエプロンのポケットに隠した。 「帛紗!ただいま!」 棗はこの頃ランニングにはまっているらしく、今日もランニングウェア姿だった。似合っていてとてもかっこいい。 キッチンに入ってきた棗は後ろから僕を抱きしめる。棗の汗が香って、密着しているのだと意識してしまった。 「なつめ、おかえり。」 緊張のドキドキと隠し事がバレるかもしれないというドキドキで、いつものように棗と目が合わせられなかった。 「ワイン?珍しいね、どうしたの?」 「あ、伊万里、くんの、オススメで、棗も僕も明日は休みだし、飲んでみようかなって。」 このワインも本当に伊万里くんのおすすめだった。嘘ではないが、薬を飲ませるために使おうとしているうしろめたさで言葉がうまくつむげない。 「…………そうなんだ。帛紗とお酒飲むの久しぶりだね。」 「……う、ん。」 棗の置く間に戸惑いながら返事をした。 不自然だろうか、バレてしまっただろうか。 固まっていると棗がそっと身体を離した。 「ごめん汗臭いよな?」 全然まったくそんなことはなかったが、棗は否定する間もなく言葉を続ける。 「先、風呂入って来るね。」 曖昧に返事をした僕を柔らかい微笑で見つめた後、棗は去っていった。

ともだちにシェアしよう!