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第捌話
ここまで一気に話して、孝則は手元にあったビールを口に含んで「この先は……」と口を濁して、どこまで話していいものなのか一瞬迷った様子で目の前でビールを煽る秋良をちらりと伺った。
その様子で、ここから先の甘い展開が読めた秋良は「大体わかった、ありがとう」と話を打ち切ってもらう事を選択した。恐らくこの後は、今朝方見たあの夢辺りに繋がる事は予想がついたし、孝則が殿からキスされた事を話した時にびくりと身体を固めた反応を見て、孝則の方もこれ以上話しても大丈夫なものかと困っていた様子でもあったから、秋良の言葉を受けて孝則の昔語りは終わりを告げた。
ちゃんと聞くから、全部話せ。そう言ったのは秋良の方だ。とはいえ、本人の口からそういう関係だったと聞かされてどう反応するかまでは、深く考えていなかった。
間を持て余して、酒ばかりが進む。
「秋良、ペースが速すぎませんか?」
「大丈夫、だいじょーぶ」
「ですが……」
「いいから、お前も飲め」
心配そうな孝則に新しい缶を差し出して笑うと、仕方なくといった風情で孝則も杯を進める。とはいえ秋良の様に無茶な飲み方をしない上に、元々酒にも強いらしく孝則は結構な量を飲んでも顔色一つ変えていなかった。
秋良もそんなに弱い方ではないのだが、今回は飲み方が悪かった。二人用にしては明らかに多めに買った酒類をすべて空けきる頃には、冷静な判断どころか自分が今どんな状態なのかもわからなくなっていたといって過言ではない。
座っている事もままならず、崩れ落ちて行きそうになるのを慌てて横に来たらしい孝則が支えてくれる。重力に逆らわずそのまま頭を孝則の肩に預けると、孝則の身体が一瞬緊張したように固くなった。
平常心を保っていられた間なら、それがどうしてなのかはわかったはずで、自分自身よりも大切に思っているらしい殿と秋良が同一人物だと信じきっている孝則を前に、二人の関係を本人から聞いた直後にこの行動は無いという事は、少し考えれば……いや考えるまでもなく、わかったはずだった。
男同士なのだから、関係ないなどという理屈はとっくに通用しない事態だという事も。けれど、その一番わかっていないといけない事さえ判断できる能力が皆無という状況に陥っていた秋良は、更に追い打ちを掛ける様な一言を孝則に告げて、孝則に身体を預けたまま瞼を閉じてしまった。
「誰に与えられるでもなく、自分の意思だけで手に入れると決めた。俺にとって孝則は最初で最後の、たったひとつの我儘だったんだ」
「────っ! 殿?」
「…………」
秋良の口から零れるように出た言葉に、息を詰めた様に孝則が秋良の耳元で呼ぶ相手は、秋良の中の誰か。けれど秋良がそれに答える事は出来ず、すやすやと寝息を立て都合良く隣にあった肩へと頭を預けた。先程の話の続きがわからない訳はないのに、それでも警戒心の全く見えない秋良の重みを受けて、孝則が苦笑する。
しばらくして身体がふわりと浮いた感覚の後、すぐに柔らかい感触にそれが沈み、眠り慣れたベッドの上に身体が移ったのだと眠りの中にいる秋良がどこかで理解した。優しく髪を撫でられるのを気持ちよく受け入れていると、ふいに唇に温かい何かが触れたような気がする。
だがそれを確かめる為に持ち上げなければならない瞼は重く、結局落ちていく意識に抗えないまま、秋良は確認を放棄してしまった。
ただ気持ちよさにたゆたう様に身を任せていると、遠くで孝則の深い溜息が聞こえた様な気がする。何か答えてやらなくては、そう思うのは秋良の感情なのか殿のものなのか、境界線が曖昧になる。
いくら夢の中でリンクするとはいえ、自分と殿とは違う。そう言い聞かせようとすればするほど「思い出せ」と言わんばかりに、秋良の中に殿の感情そのものが流入してくる。
それは過保護で干渉が過ぎる親の敷いたレールの上を歩きながらも、どうにか自分の道を見つけたいともがく秋良自身の感情とも相まって、理解出来る所も大きいからかもしれない。殿が得体の知れない孝則を傍に置いた理由も、信じた理由も、秋良は当の本人である孝則以上に共感出来る気がした。
孝則の様に、望んで探してやっと出会えたという訳でもないのに。夢の中で会っていたと言う部分を入れたとしても、それを自分自身の事だと重ねては来なかった秋良にとって、出会ったばかりでしかないはずの孝則の温もりが心地よいのは、きっとそのせいだ。
まだ殿が自分自身の過去なのだと受け入れる事は出来ない。そうなのかもしれないと感じることはあっても、受け入れるには相当の覚悟が必要だ。
自分自身の事だけで手一杯な今、全てだと言い切らんばかりの孝則の人生を引き受け、真っ直ぐに向けられる好意を受け止めろ、というのはいくらなんでも酷ではないだろうか。
せめて、もう少し時間が欲しい。時間をかければどうにかなるのかと問われれば、それに応と答える自信もなかったけれど。
酒にそう弱くもないはずの秋良が早々に寝落ちたのは、飲み過ぎたせいだけではなく、ここ数日で身体というより気持ちの許容量を超えてしまったせいも大きかった。
「貴方がただ傍に置いてくれる、それだけで私は幸せです」
耳元に降る言葉は本当に幸せそうで、何も出来ない自分を少しも責める色はなく、無意識に緩んだ頬に当てられた手のひらの優しさに安心して、秋良は完全に意識を手放した。
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