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第拾弐話(*)

「本当に、良いのですか?」 「ここまで来て、そういう事言う?」  仕事は定時に終わらせた。というよりは、仕事にならなかったので切り上げた。暫く待つつもりでいたが、孝則も時間通りに会社を出て来たのは、秋良と同じ理由だとしたら少し嬉しいと思う。  他愛ない話をしながら、前回の事を踏まえて今日は酒を入れるつもりもなかったから外で軽く食事をし、並んで家路に着く。  いつもと違ったのは、桜の木の傍を通った時。孝則が何事もなかったようにそこをただ通り過ぎたのだ、まるで普通の通行人のように。  孝則が桜の木を見上げて愛おしそうな表情を作る、それは桜の花弁がすべて散って薄いピンク色の景色がなくなっても続いていた習慣の様なもので、これまでも孝則は秋良の家に飲みに来ていたが、それがない日など一度もなかった。  だから逆にそれがない事が不自然で、だからこそ今日初めて、本当に孝則が殿を通さずに秋良を見てくれているのだとわかった。そんなほんの少しの変化が、秋良にとってはとても大きかったのだと知ったのもその時だ。  家に辿り着き、一休みもそこそこに二人は順番にシャワーを浴びる。ずるずると先延ばしにしていたら、怖じ気づきそうだった秋良が率先して浴室に消え、孝則がそれに続いた形だ。  そして流れる様にベッドに傾れ込み、秋良を組み敷く様に見下ろす孝則から発せられた問いかけに、秋良が答える言葉としては間違っていなかったと思う。 「何と言うか急展開すぎて、このまま続けていいものかと……」 「まぁ確かに、実は俺も驚いている」 「はい」 「けど、気づくのが遅くなっただけで……お前への気持ちは多分、最初からあんまり変わらないから、安心しろ」 「……貴方という人は」 「ん……っ、は」  秋良が笑いかけると同時に、孝則の唇に秋良のそれは奪い取られた。  昼間の様に、泣き出しそうな秋良を救いなだめる様な優しいものではなく、すべてを奪っていく様な激しさを持ったキスは、孝則の一切の迷いを断ち切った証拠の様だった。  そしてそうやって自分を求めてくれる行動を、嬉しく思う。殿と孝則の情事をすでに幾度となく見せられているからか、秋良自身は男同士のこういった行為は初めての体験だというのに、不安や戸惑いは薄い。  実際に触れられるまで、嫌悪感を抱かないかどうかの自信はなかったのだが、それは杞憂だったようだ。好きな人から触れられて嫌な想いをする訳がないという事に気付かない程テンパっていたつもりはなかったのだが、実際そうだったのだろう。  むしろ夢で体験させられる行為は、結局自分自身が触れられている訳ではないという現実を突き付けられる事になった。  重なる唇、そっと首元からゆっくりと下りてシャツのボタンをゆっくり外す指先の感覚、漏れる熱く甘い吐息。全てが五感を侵して行くようで、夢での体験など比べ物にならない程、秋良の全てを刺激する。  肌蹴たシャツの間から差し込まれた手が、脇腹をなぞった瞬間、反射的に背中がびくりと仰け反った。 「もう、止めませんよ」 「……は、っぁ」  激しいキスの嵐に涙ぐんだ瞳で孝則を見つめると、息継ぎをの為に解放された唇から熱い吐息と共に宣言が下り、秋良の答えを聞かないままに再び言葉が封じられる。  いつもどこか秋良に遠慮している所しか見ていなかったから、強引な孝則の姿は新鮮で、ようやく見せてくれた本音の部分が嬉しいと思う。  思うのだが、秋良としては女性との経験は無い事もなかったが最近は随分御無沙汰だったし、何より男相手は初心者なのだから、もう少し手加減したスタートを切ってくれてもいいのではないだろうか。  今の体勢からして、きっと秋良が女役なのだろうという事はわかる。殿との時も孝則の位置は頭上だったし、男として複雑な所もあるけれど、別に愛され受け入れるのが嫌なわけではないから、それは構わない。  けれど、何をどうしていいのかわからないままでいる事が、不安というよりは気まずいといったところだろうか。  つい、殿はどうしていたかを思い出そうとしてしまう。 (って、俺はこんな時になんで殿様と比べてんだ。それにいつも訳わかんないまま、感情だけ流されてるだけだろうが) 「どうしました?」  小さくかぶりを振っただけだったが、密着している状態で孝則にその変化がわからないはずがない。  ふわりと頭を撫ぜながら聞いてくる孝則に、ままよと聞いてしまう事にした。いくら悶々と考えていたって、知らないものはいつまで経ってもわかるはずがない。 「俺がされる側……だよな」 「……反対をお望みですか?」 「いや! それはそれで困る。っていうか、そうじゃなくて……俺、どうしていいかわかんねぇっつーか」 「あぁ、そう言う事ですか」 「……っわ、何……ひぁ!」 「そうやって身を任せていて下さるだけで、大丈夫です」  首元にかみつく様なキスが落ちて来て、ぞくりと身が震えた。  秋良が今まで出した事もない様な自分の声にびっくりして、口を押さえてしまおうとするのを孝則の手が阻み、そのまま立て続けに胸元の突起に唇が吸いかれて、秋良からはあられもない声が漏れてしまう。 「や、んっ……はぁっ」 「声、抑えなくていいですから。聞かせて下さい」 「んなこと、言ったって……っ俺の、声なんか……」 「良い声ですよ、そそられます」 「……恥ずかしげもなく、言う……なっ」 「貴方のすべてが、愛しい」 「勘弁してくれ……っんン!」  歯の浮く様な台詞を、まるで当たり前の様に言葉にする孝則に耐えきれなくなって、視線を逸らす様に横を向こうとしたところで、それを阻止せんと胸元を責めていた孝則の唇が秋良のそれに重なる。  歯列を割って口内に深く侵入してきた舌が、秋良のものを絡め取り交わる。どちらのものともわからない唾液が混じり合い、やけに卑猥な音として秋良の耳に響き渡った。  思わずぎゅっと目を瞑った事で、余計に音に敏感になる。こんなに腰が浮く様なキスをしたのは初めてだった。 (……くそ、上手すぎる)  いつも受け身ではないから立場の違いがあるというのを差し引いても、孝則のキスは上手かった。唇を触れ合わせ、舌を絡め合うだけの事で、こんなにも熱を帯びるものなのかと驚く程だ。 「は、ぁ……ふ…っ」  二人を繋いでいた証拠のように糸を引きながら、じっくりと味わいつくす様な口付けから解放された瞬間、瞳を開くとそこには幸せそうな孝則の笑顔があって。その時に秋良は難しく考える必要はないのだと悟った。  そう、ただその笑顔に笑顔を返すだけでいい。  やがて孝則の手が、熱の集まり始めた秋良の下肢に伸びる。 「ひあっ! ぅ……っん」  ズボンの中に入り込んだ手が直に触れる。  突然伝わる敏感な場所への刺激に、秋良の腰は思わず引けそうになるが、その前に孝則の反対側の手でそれは阻止された。熱を帯び始めていた秋良自身は、少し触れられ刺激を与えられただけですぐに固く立ち上がりを見せ苦しさを増した。 「あ、そんな……に、したら…っ」 「もう少しだけ、我慢して下さい」 「何、や……っ! んぁっ、ちょ……っ」  あまり持たない。  そう訴えようとした秋良の声に対して孝則が取った行動は、予想を大きく飛び越えていて、秋良は目をその光景を前に目を見開くしかなかった。ずり下ろされたズボンの間に、孝則の顔が寄せられたかと思った瞬間、ものすごい快感の刺激が全身を駆け抜けた。  自身を咥えこまれていると思考が追いついた時には、すでに孝則の口淫によって限界まで追い上げられていて、制止する暇さえない。  唯一の抵抗のように、腹の下に見える孝則の髪を震える手でぎゅっと掴んでみるが、それはただ快楽を耐え忍ぶ一つの行動にしかならず、引き剥がすまでの効力は到底持たなかった。  むしろ孝則にとっては、たどたどしく触れられる髪への感覚は愛しさを増す効果にしかならず、その行動によって止めさせることが成功する確率はほぼ皆無になったに等しい事を、秋良が気付く事はなかった。 「も、離せ……って。無理……ひぁっ!」  秋良の必死の訴えは、逆に強く刺激を与え吸い上げる合図になった。 「ん、ぅぁあっ……っぁぁあ!」  孝則の髪を掴んでいた指に力が入り、背中が震えたと思った瞬間。秋良は白濁を孝則の口内に吐き出していた。  秋良の熱を全て受け入れ、あまつさえごくりと喉を上下させて飲み込んだ孝則の頭を、秋良は力なく叩く。 「おっ、前……なんて事を……っ」  男に咥えられてイかされた上に、それを飲み込まれるなど、秋良の思考を遙かに超えた行為であり、荒い息を吐き出しながら羞恥の訴えをする位の事は許されるはずだ。 「気持ちよく、なかったですか?」 「いや、気持ちいいか悪いかで言えば、そりゃすごく良いに決まってるんだが……」 「それならば、良かったです」  俺の言いたい事はそこじゃない。そう続けてたかった言葉は、「他に何か問題が?」と言いたげに首を傾げる孝則に封じられた。 「……俺、一応初心者なんだけど」 「わかっています。だから、ゆっくり慣れて頂こうかと」 「え?」  溜息交じりの最後の抵抗とばかりに呟いた、情けない台詞に返って来た言葉は、またもや秋良の望んだものではなく、それどころか不穏な空気を感じて聞き返した時には、孝則の指が秋良の熱を受け入れた口内を経てぬめりを持ち、秋良の下半身に存在する小さな窪みに伸びていた。 「ひゃっ! ……な、んンぅ」  他人に触られた事もないその場所を、円を描くようになぞられたかと思った次の瞬間、孝則の指がその中にゆっくりと差し入れられた。  驚きと、僅かな痛みと、異質な物を排除しようとする力と。体験した事のない感覚に秋良がびくんっと身体を跳ねさせたのと、孝則に唇を奪われたのはほぼ同時だった。  抗議や制止の言葉はそれで封じられ、唇の触れ合う感触と口内を侵す舌の動きに気を取られている間に、後孔に侵入してきた指はゆっくりと深さを増して行く。  やがてようやく身体が異物感に慣れ始めた頃、孝則の唇が離れた。 「……苦い」 「美味しいですよ、秋良の味ですから」 「そう言うことさらっと言うの止めろ、頼むから」 「もう、大丈夫みたいですね」 「ちょ、待……っ」  孝則の口内に残っていた秋良の熱の残骸がキスを通じて戻って来た恥ずかしさを文句の形にしてぶつけたら、それ以上に恥ずかしくなる台詞が返って来た。  確かに昔から、愛情を隠すのが下手なタイプだったが、こんなに直接的だっただろうか? と感じたその疑問に疑問を覚える。 (昔から……? 殿様の記憶と混乱してる?)  けれどその一瞬の錯覚は、体内に入り込んだ二本目の指によってぶっ飛んだ。  やっとの事で慣れた中は最初のような苦しさはなかったが、受け止める質量の差がまた違和感を呼び起こす。やがて孝則の指が、秋良の中のある一点を擦った途端、自分でも驚く位に身体全体が跳ねた。 「ひゃっ! な……っ、に」 「ココ、ですね」 「や、待……ぁ変だか、らっ」 「大丈夫です。すぐに、気持ちよくしますから」  一体何が大丈夫なのか理解できなかったが、孝則はその後執拗に同じ場所を責め立てて来る。全身で感じているのを止める事も出来ず、されるがままになるしかない。  孝則の言葉通り、直接触れられている訳でもないのに、熱を吐き出したばかりの秋良自身が、また力を持ち始めて来るのがわかった。ぞわぞわと何処からともなく湧きあがって来る快感の波に、流されるというよりは飲まれる様に翻弄される。  初めは羞恥だけしか感じなかった、秋良の中で発せられるぐちゅぐちゅと卑猥な音さえも、快楽の種に変化していた。  これ以上は、続けられるのも感じすぎて苦しい。そう思うのと秋良の手が孝則の背中に回るのは同時だった。そうしようと思ったわけではなく、勝手に身体が動いた、そう表現した方が正しいかもしれない。 「孝則、も……いい、からっ」 「……っん、ン」  秋良の行動と言葉に顔を上げた孝則の唇を、不意打ちで奪う。驚いたように目を見開く孝則の表情を一瞬垣間見て、少しは仕返し出来ただろうかと笑う暇もなく、主導権はすぐに奪われたけれど。  二人の唇が離れると同時に、秋良の中で蠢いていた孝則の指がゆっくりと引き抜かれた。本来それが正しい形であるにもかかわらず、翻弄され続けた後孔は喪失感に苛まれた。  しかしそれも束の間、衣擦れの音がしたかと思うと、指とは比較にならない熱いものが秋良のその場所に押し当てられる。  それは燃える様に熱く、孝則がちゃんと秋良の身体で感じていてくれた事に少しほっとした。ここまで来て何を、と孝則には言われるだろうが、やはり秋良の身体は男のものでしかなくて、さわり心地も声も何もかも、相手を興奮させるだけの効力を持っているとは信じられなかったから。  けれどその杞憂は、押し当てられた孝則の高ぶりで一気に解消した。  そして次に、その大きな質量のものが自分の中に入って来るのだと言う事を自覚する。自覚した途端、そんなのは無理だと緊張する気配が孝則に伝わったのだろう。孝則の唇が額にゆっくりと落され、髪を撫でられる。 「んぁっ、ふ……っぅん、あぁっ!」 「大丈夫です。ゆっくり、息を吐いて」 「は、ぁ……う、ン……っぅ」 「そう。そのまま」 「あ、ぁあっ……ふぁっ」  緊張を自覚する前に、孝則の誘導が秋良の力を抜かせる。おかげで解された中が閉じてしまう前に、孝則の熱はゆっくりと秋良の中に入って来ても、痛みを感じる事はなかった。  ただ、先ほどまでとは比べ物にならない質量と熱さが、中を充足させて行く感覚は経験したことがなさ過ぎて、秋良の思考がこれから何が起こるのかという恐怖を生みだそうとしたその瞬間、孝則が秋良の感じるポイントに辿り着く。  ぐりっと掻き回される様に突かれて、秋良の身体が大きく跳ねた。 「ひゃぁ、んっ!」 「わかりますか? 全部入りましたよ」 「わかってる、から……言うな」 「秋良は意外と、恥ずかしがり屋ですね」 「お、前の方が……絶対、おかしい」 「私が秋良の事を愛しているのだと、わかってもらわなくてはいけませんから」 「……も、いい」 「愛しています」 「いいから、黙って……っあ、んっ」 「そうします」 「て、め……っ」  黙れと言い終わる前に、孝則が中で動き秋良の言葉を遮って笑う。それを睨みつけた瞳は、秋良自身がわかるほど潤んでいて、少しも牽制の意味をなしていない事は理解していたが、せめてそれ位はしなくては、あまりにもやられっぱなし過ぎる。  それが功を成したのかどうかはわからないが、孝則の表情がふと真剣なものへと変化した。 「私も結構、限界なんですよ」 「え……っ、ぁや、急に……っんぁ!」  会話できる程に孝則が中に居る事に慣れたと感じたのだろう、孝則の激しさを増した動きに秋良はどれだけ孝則が、ゆっくりと秋良が痛がったり怖がったり不安にならないように、時間をかけて手加減してくれていたのかを知る。  秋良の中を駆け抜ける様に動く激しさは、それだけ秋良の事を思ってくれている証拠である事はもう疑いようもなく、秋良はただそれを受け止めようと必死にその身体にしがみ付いた。  孝則の激しさは止まる事を知らないのではないかという程で、的確に気持ちのいい場所を捕えられて、秋良の欲望はあっという間に高みまで上り詰める。そしてもう無理だと訴える様に、秋良は孝則の背中に回した手に力を込めた。 「も、早く……ぁ。欲し……っ」 「止めてください。このタイミングでそんな風に言われたら、優しく出来なくなる」 「望むところ、だ。とっくに、優しくない……っ!」 「貴方という人は、本当に……」 「……んぁっ! ふぅ、ぁっン」 「私も、もう……っ」 「たかの、り」 「くっ、秋良……っ!」 「ふぁ、ン……ひぁ、あぁぁっ!」  夢で体感したのとは比べものにならない位の快感が、秋良の身体中を走り抜ける。チカチカと頭が真っ白になって秋良の中がきつく締まると同時に、孝則の膨大な熱が秋良の中に放たれた。  孝則の熱をその身に受けるとほぼ時を同じくして、秋良の白濁が孝則の腹を汚した。  暫くその余韻にたゆたう様にそのまま二人で抱きしめ合い、ようやく弛緩していく身体から孝則が離れて行くのを、少し名残惜しく感じたのが秋良のその日の最後の記憶だった。

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