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第9話-1

 遥の釣り上げた獲物は切身のソテーになって、季節のキノコのソースを添えて今日の最大の功労者に捧げられた。 「どうだ、美味いか?」  頬の落ちそうな、蕩けそうな顔で白身魚のソテーを口に運ぶ遥に尋ねる。彼は本当に、心の底からの笑顔を返してくる。   「最高だよ」  俺もつい嬉しくなって、遥の頭をくしゃくしゃと撫でる。パーティーの参加者は、加賀谷様ご一行と俺達。俺とミハイルとイリーシャ、邑妹(ユイメイ)、それとニコライが時々、顔を覗かせては簡易トレイに鱒のソテーや子兎のキッシュを持ってモニタールームに戻っていく。  アルコールは抜きだが、モニタールームのメンバーにも、俺達の釣果のお裾分けだ。 「実におおらかですな」  隆人が呆れたように、驚いたように呟く。ミハイルがウォッカのグラスを鳴らしながら答える。 「ここは私有地なのでね。監視は厳重だし、今日の参加者はうちのファミリーでも猛者揃いだ。怪しい奴が入り込む余地は無いし、入り込んだが最後、猛獣の餌食だ」 「小蓮も猛獣なんだ?!」  遥が、ウチの牧場の牛の乳で作ったドルチェに、もぎたてのマスカットを添えたデザートをぱくりと口に運びながら言った。キッシュのブランデーがちょっときつかったか? 「そうだな.....。小蓮(シャオレン)は猛禽かな?鷹とか鷲とか....。遥のようにいたいけな可愛いらしい金糸雀ではないな」 「遥は金糸雀で、小蓮(シャオレン)さんは猛禽.....ですか」  隆人が少々、不機嫌そうに言った。が、ミハイルの淡々とした口調は変わらない。 「そうだな。日本には鷹狩りというのがあったろう?」 「なるほど、レヴァントさんは鷹匠というわけだ。では随分と馴らすまでに時間がかかったのでは?」 「かかったな......」  ミハイルがチラリと俺を見た。 「だが、かけただけの甲斐はあった」  俺はちょっとびっくりして、ミハイルの顔を見た。 「飼い慣らそうと思った時には、小蓮(シャオレン)もう、いっぱしの猛禽だったからな。風切り羽根をもぐのは大変だった。だが、辛抱強く躾けた甲斐があって、今は私の傍らで、私と同じ目線の高さで同じものを見るようになった」  英語でまくしたてるミハイルに隆人は、やや押され気味だった。 「大事な『狩り』の相棒というわけですか」  俺は風切り羽根をもがれ、過去を取り上げられた事には少し腹もたつが、『相棒』と言われることは嬉しかった。 「小蓮(シャオレン)、レヴァントの英語が、早口過ぎて分からない」  遥が口を尖らせて、俺に訴えた。 俺は微笑み、遥に言った。 「お互いに信頼を確かなものにするには、時間も手間もかかる......そう言ったんだ。なぁミーシャ?」  ミハイルは渋い顔をしている隆人をチラリと横目で見て頷いた。 「愛情を持って、自分の手で躾けていかないとな......」  お前の『愛情』にはかなり問題あるけどな、ミーシャ。『相棒』と言ってくれたから、クレームは後にしておく。 「愛情......ですか」  隆人には何やら思うところがあるのだろう。ここはおとなしく、大人同士の会話をさせてやろう。 「遥、俺の部屋行かないか?桜木もイリーシャも一緒に...チェスしようぜ!」 「俺、出来ないよ?」 「教えてやるって!」  訝る遥の手を取って、俺は席を立った。後は任せたぜ、ミーシャ。

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