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第10話
「さ、やろうぜ」
盤上に白と黒の駒を並べ、駒ごとの動き方を遥に教える。
「まぁ、日本の将棋みたいなもんさ」
「そうなんだ.....」
「将棋より、駒の種類は少ないけどな。キングはその名の通り、『王将』と同じ。クイーンは『金』かな?」
「そうなんだ.....」
遥は、ティアラの彫り込まれた象牙色の駒をしみじみと見ながら言った。
「ラウルはレヴァントとチェスするの?」
「よくするぜ。......まず、あいつには勝てないが、仕事のプランを練りながら、話しながら、やる時もある」
「そうなんだ......」
「チェスの要は、クイーンだからな。動き方、大事だぞ」
コトリ.....と盤上で駒が小さな音をたてる。
「キングを生かすも殺すもクイーン次第だ。......」
「小蓮(シャオレン)はクイーンなんだね」
遥が、ふ.....と溜め息をつく。
「遥も......な。この駒と同じだ。俺はブラック-クイーンで、遥はホワイト。だから、生き方も役割も違う。けど、キングの大事な相棒だ。........ほら、チェック-メイトだ」
「え~早いよ。もう一回!」
遥が目を丸くして、そして悔しそうに言った。
「もちろん」
俺はにっこり笑って答えた。
「レヴァントと隆人はなんの話をしてるんだろう.....」
遥が、ビショップの駒をくりくりと撫でながら、ぽそりと呟いた。
「仕事の話だろ?......さもなきゃ、クイーンの活かし方だな」
「活かし方?」
「たぶんな......じゃ、二回戦、始めるぞ」
「うん」
俺達は再び、盤上に集中した。
おそらく、ミハイルも遥を気に入っている。だから隆人がどういう処遇をしているのかは、気にしているところだ。
俺にはあえて訊かないが、ミハイルは隆人の遥の囲い込み方に、やや懸念を持っている。
ー迷いがあるー
とミハイルは言う。遥達のように神の託宣もなく、家のための必要性もなく、ただミハイルはその心のままに俺をその檻の中に囲い込んだ。だが、ただ飼い殺しにするには、俺達の因縁は深すぎた。
俺はミハイルを必要とし、ミハイルも俺を求めてくれる。セックスの相手としてだけではなく、互いを一番良く知っている、唯一無二の『相棒』として。
それは皮肉にも、あの、崔が結んでくれた絆でもある。命を賭けて共に奴と戦った....そのことが、俺達には何より大きい。
「遥と隆人はさ、全部『これから』なんだよな.....」
俺はビショップを一歩進める。遥のナイトが受ける。
「頑張れよ.....」
俺達は十九歳で出会った。そして俺は無自覚な恋を抱えたまま大人になった。ミハイルは、それを力ずくで俺に自覚させた。結局のところ、俺達は恋をしていた。遥達は、『恋』を始めたばかりだ。
『上手に育てないとな......』
というミハイルの言葉には自嘲も自戒もあるんだろう。反省......があるかどうかは疑わしいが。
と、軽くドアをノックする音がした。
「何?」
と振り向くと、邑妹(ユイメイ)が顔を覗かせた。
「ミーシャが、軽く一杯、飲らないか?...って」
「いいね......今行くよ」
俺達はゲームを終わりにして、カウチから立ち上がった。
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